第4部31章『堕天使』53
悪寒でソニアは目覚めた。ベッドの上で膝を折り、腕で抱え込んだ格好のまま眠り、一時夢を見ていたようである。この前のように苦しみで飛び起きたりはしなかったのだが、もう全身が震え始めていた。体中から脂汗が吹き出し、ゾクゾクとする悪寒が背筋を走り抜けて何度も行き交い止まらない。小窓の向こうはまだ済んだ青空で、小鳥ののどかな囀りも入ってくる。
彼女には説明のつかない確信があった。こちらではまだ空が青くても、太陽が高く昇っていても、世界の何処かでは日暮れを迎えており、今そこで何かが起ころうとしているのだと。
あの黄昏色を、彼女は知っていた。
ソニアは震える足でベッドから立ち上がり、ヨタヨタと鉄の扉に向かった。扉の上部にある覗き窓の鉄格子に手を掛け、震えて擦れる声でディスカスを呼んだ。
「ディスカス……ディスカス……」
そこにいたディスカスは、すぐさま応じて歩み寄ってきた。番兵も気がついたが、彼女がディスカスのことを見ており、こちらに目を向けないので自分達に用はないものと思い、その場を動かなかった。
ソニアは青ざめてギラギラと目を光らせ、異様な表情をしている。ディスカスはそれを見て不安そうにし、格子に顔を寄せた。
「如何されましたか? 大丈夫ですか?」
汗を掻いた彼女の顔は、まるで発作を起こした病人のようであった。呼吸も浅く、速く、こうして見ている間にもどんどん肌から血の気が引いていく。
「お……お前の……ご主人……、もしかして……今……」
ディスカスは彼女の様子の方に気を取られていたので、言う内容の方に集中し理解するのには少し間があった。
「今……」
ディスカスが考えを巡らし何かに気づいたのと、ほぼ同時のことだった。ソニアの全身を電撃のように激痛が駆け巡り、激しい引きつけと痙攣を起こして、彼の目の前でその場に頽れた。
あまりの苦しみに気が遠のき、ディスカスの叫びも遠く彼方のことのように聞こえ、何処かに消えてしまい、彼女の思いは、あの黄昏色だけに向かった。
あそこに行かなければならない。彼女は、そう思った。