第4部31章『堕天使』51
再び猛攻撃を受けて、今度は長い尾の一撃でマキシマは吹っ飛ばされ民家に突っ込んだ。屋根瓦がバラバラに飛散し、外壁が崩れていく。家具や陶器などの生活用品が彼に降ってきて埋もれた。
流石にヴォルトは強い。ヴィヒレアや弟子もかなりの手練れであるのだが、この人物だけは生きる世界が違うかのようだった。これが天使というものなのだろうか。この人物がいるからこそ、皇帝軍には絶対に逆らってはならないのだ。彼は改めてそれを思った。
ソニア、皇帝軍と戦おうとしたって、お前は決して勝てない。それを解っても、お前はやはり戦おうとするのだろうか。
マキシマは瓦礫の中から立ち上がり、舞い上がった。どうにかヴォルトの血肉に触れないと。そこでマキシマは敢えてヴォルトの懐深くに飛び込んだ。待ち構えていたヴォルトもそれを避けずに受けて立つ。
手や足の払いや突きで戦おうとすると、精錬された動きでかわされ払われ、有効打が出ないから、マキシマはヴォルトに遮二無二抱き着いた。本来それを簡単に許すようなヴォルトではないのだが、このマキシマはその辺の誰より素早くて、今や竜時間まで使ってくるものだから、本気で命を捨てるような行為に出られると、完全にそれを防ぐことは難しかった。そこで体の一部を掴まれ、それを頼りにグッと体をへばり付かされせられてしまったのだ。
マキシマはこの勝機に賭けた。鋼鉄のように硬化させた腕でヴォルトを拘束したまま、ヴォルトの空いた手で強烈に殴打されるのに耐えながら、指の先をスラリと長い針に変形させていく。そしてそれを竜人の硬い鱗の肌に突き立てた。ヴィヒレアの硬度を持った針は鱗を貫いてヴォルトを傷つけることに成功した。それでもヴォルトの体も硬いから、奥深くまでは刺さらない。あくまで鱗下にある体の柔らかい部分に少々達した程度だ。だが、それで十分だった。
事が済むとマキシマは腕を解いてヴォルトから離れた。今の打撃で彼自身もかなり傷つき、体の至る所からシュウシュウと胆汁色の泡が立って必死に回復しようとしている。
ヴォルトは滅多に自分の体を傷つけられることがないから、流石に弟子を殺しただけの曲者だと思いながら、治療呪文でさっさと傷口を塞いでしまった。
一旦読み取ってしまえば、後は適応に時間が欲しい。マキシマはヴォルトから距離を置くようにして自らの体に起こる変化の波に気を払った。
凄い変化だった。体の隅々にまで力が漲っていき、細胞の1つ1つがこれまでとは全く違う法則で回転を始めたかのようだった。これまで取り込んだ、どの生物的特徴や能力の時よりも、劇的で明確に己が切り替わっていくのが解った。
これが竜人というものなのだろうか? ――――いや、これが天使というものなのだろうか?
この変化の後、マキシマのフォルムが少し別のものになった。これまでは虫族の外骨格で作った鎧を纏っている人間のようだったのだが、それがより機能的でシンプルな外観になっていったのだ。そして細長い尾が生えてきた。鱗の代わりに、虫族の外骨格が細分化されて鱗状に配列され、動き易いようになっている。このスペクタクルをヴォルトは好奇心と驚愕の眼差しで全て見届けた。
「あんたの体は……一体どうなっているんだ……?」
話には聞いていたが、実際にこれだけの変化を目の当たりにすると、流石のヴォルトも感心させられた。
そして、自分が持っている力と共通するものをマキシマが身に着けていくのも、体に伝わってくる波動で確かに感じた。まさかそれだけ自分が負けるとは思わないが、それなりに警戒する。