第4部31章『堕天使』50
逃げる方が素早くても、仕掛ける方も素早いから、5弾めでマキシマは魔法陣に捕まってしまった。中に入って判ったのだが、それは強力な重力魔法だった。動きが遅くなった隙にヴォルトはその陣に向かって追加魔法を連射し、重ね掛けした。
マキシマに知識があるから、それらの発動の仕方である程度は種類の特定ができたのだが、クルクルと魔法陣が回転して球の表面が光を放ったので、球形牢魔法をまず施され、それから内部が真っ白く輝き、一面が光の世界に変わり、先日テクトで体験したのと同じ種類のエネルギーを感じたから、聖域魔法も加わったことが判った。マキシマの正体がヌスフェラートではないか、或いはバル=クリアーに弱いその他の暗黒属性種族ではないか見極めようというのだろう。
幸い、テクトの時と同じように弱体化する程の影響は受けなかったので、マキシマはこの中から出ることだけを考えた。
ヴォルトは牢の外にいて様子を見ているだけだから、長めの呪文詠唱をする時間もあり、マキシマは牢を解き放つ呪文を唱えた。
「――――エス・プリゾンタ・カーリ!」
球形牢を築いていた光の壁だけが、それによって粉々に破壊されて飛び散った。
これでバル=クリアーの影響は受けない体だが、魔法の素養はかなりあるらしいということがヴォルトには判った。
続いて魂を抜き取り吹き飛ばしてしまう死の呪文を放つが、それもマキシマはあっさりと反対呪文で跳ね返してしまった。
「――――良かろう! 魔法もかなりできるのだな! いや、むしろ――――本来はそれを頼みにこれまで生きてきたのではないか?」
その通りである。エングレゴール家の者は代々魔法の力と知力を武器に世を渡っている。
あまりこうして人物特定がなされていくと後々面倒だとマキシマは思った。正体がエングレゴール家の者だと知れてエングレゴールがお家取り潰しになろうが、魔導大隊が潰されようが、それは構わない。だが、何故ナマクア大陸に固執してトライア攻め直前に騒ぎを起こしたのかが突き止められてしまうと、ソニアに別種の危害が及ぶ。場合によっては皇帝が欲しがるかもしれない。それは避けなければならない。何があっても、自分の正体が知られぬよう気をつけなければ。
再び肉弾戦に戻り、ヴォルトとマキシマは激しく衝突した。周囲を見る余裕は殆どないのだが、一瞬視界の隅に入った建物の上にはまだマリーツァがいて、2人が戦う様をジッと見守ってるものだからマキシマは驚いた。彼女にはその場から逃げようという様子は全くなく、ただ涙を流しながら祈るように手を組んでこちらを見ている。
下で起きていることを考えれば、今、屋根から降りるよりはマシかもしれないが、それでも決して安全ではなかった。いつ、この戦いの火の粉や衝撃がそちらに飛んでしまうかわからないのだ。
彼は意識的にもっと離れようと都市を横切った。先程も本当はそうしていたのだが、ヴォルトの方はこの戦いのついでにエランドリースを破壊できれば暗黒大隊の無念を晴らせ、いかに理由があるとは言え、まだ何処も攻めていない竜王大隊の得点にもなるから、逆に都市中心部へ戻そう戻そうという方向に働きかけている。だから戦闘に夢中になっていると、気がついたらまたマリーツァのいる付近にまで来てしまう、という有り様だった。