第4部31章『堕天使』48
同じように町の光景を眺めていた男がこちらに首を向けた。
「……何やら妙なことになっているようだな。あんたの仕業か?」
人間の姿を取っている時にどのような風貌であるかは話に聞いている。だからゲオルグは、自分を探して大変危険な相手がここに来てしまったことを悟った。
彼の警戒の仕方が普通ではないから、マリーツァも赤毛の男のことを興味深そうに見ている。
「……あなたは誰?」
赤毛の男はマリーツァにもチラリと目をやって、その特別な感覚で瞬時に人間ではないことを見抜いた。だが、標的の仲間だと考えれば何も不思議なことはない。そんな風に訝し気な様子で彼女のことを見ているものだから、ゲオルグは一歩進み出て片腕を広げ、彼女を庇うようにした。赤毛の男はゲオルグを見ると、目を薄くして問うた。
「……私がどういう者で、何故ここにいるかは解っているか?」
ゲオルグは一呼吸置いてから、ゆっくりと頷いた。父ゲオムンドが警告してはいたが、こんなに早いとは思わなかった。彼がこれまでに経験してきた中で、これほど怖ろしい瞬間を迎えたことはない。
長らく沈黙を守っていた彼がようやく口を開いた。
「……この娘は何も関係ない。やるなら、場所を変えさせろ」
赤毛の男はもっと目を薄くした。
「いや、あんたにとって都合のいい場所になど移動してやらん。私の弟子も場所は選べなかったはずだ。その娘に手を出すつもりはないが、戦うのはここでだ。逃げられんぞ」
その少ない言葉の中に、この男がどれ程ゲオルグに対して怒りを蓄積させているかが表れていた。この男がそうすると決めたら、ゲオルグの方に選択の余地はない。流星術で逃げても何処までも追ってくるだろう。
「……わかった」
ゲオルグはその場でマントを脱ぎ捨てた。内ポケットには大切な薬品類が幾つも入っているから、それを戦闘で破壊させたくないのだ。この男と戦って生き残れるのかも判らないが。
「こうして初めて目の前にするが……やはり人間ではないのは確かなようだな。そして……大本の部分も実に特定し難い。あんたの正体は一体何なのだ?」
「……それは……言えないな」
つい最近、同じやり取りをしたばかりだ。
マリーツァは、この2人の関係と背景と読み取ろうと、交わす言葉に真剣に耳を傾け表情を窺っている。
竜王大隊の足止めをしようと決意した時から、こうなることのリスクは当然ながら承知していたのだが、まさか本当に起きようとは思わなかった。一体、どうやってこの竜人天使は正体も知らずに自分の居場所を探り当てたのだろう。マリーツァとの異様な再会で驚いたばかりであるから、自分の位置座標を示す情報が何処かに掲示でもされていて、誰にも彼にも筒抜けなのではないかと思ってしまう。
「……オレがここにいるということを、どうやって知った?」
赤毛男はゆっくりと瞬きしてから言った。
「……お前が殺した、我が弟子の身体に残るあんたの名残りを読み取ったのさ」
それだけでここにまで辿り着けるとは、流石に怖ろしい相手だと改めてゲオルグは思った。しかもマキシマの形態になっておらず、人間に扮している状態で何の迷いもなく見抜いたのだから、地球上の何処に逃げても隠れる場所などないだろう。
ひとまず彼女からは極力離れた方がいいと思い、ゲオルグはマキシマに変身しながら飛翔し、魔物と人間で犇めく都市を横切るように動いた。赤毛男姿だった相手も同様に飛びながら竜人姿に変わっていく。マリーツァは、それを呆然と見ていた。あれは、ヴィア=セラーゴでソニアを追いかけて一時は危うかった、あの鱗人ではないだろうか?