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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第31章
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第4部31章『堕天使』43

「……随分と早かったな。この品がこんなに早く手に入るとは思わなかったぞ。どうやって見つけた?」

「……人に訊いたの。金鼠の毛皮を置いてある所はありますか? って訊いたら、ちょうど知ってる人がいて、教えてくれたのよ」

 実はマリーツァは、昨日の内から、この品が手に入るかどうか物探しの術で調べていた。そしてターネラス大陸の、とある村の道具商であれば、ちょうど今この品が売りに出されていると答えを得ていたので、約束通り今朝迎えに来てくれた流星術者と落ち合った後、まずはその村に直行してもらったのだ。その流星術者には、落ち合う前に出会った人にその場所を聞いたのだと説明しておいた。そして、呆気なく手に入れていたのである。勿論、本当の事は言えないから、ゲオルグにもそうした適当な説明をしたのだ。

 いかに疑わしくても、実際に品が手元にあるわけだから、難癖付ける訳にもいかない。だからゲオルグはただ「そうか」とだけ口籠った。

 とにかく、彼としてはこれで困ったことになった。彼女を巻き込みたくないという思いがまだあるので、どうにかして追い払いたい。だが、例え城に追い返したとして、この首都付近にいれば被害には遭うだろう。この場から遠ざけるだけでは助けられない。

 予想外に早く戻って来てしまった、彼女の運命だと諦めて気にしないことにするのが策かもしれなかった。だが、彼は迷った。そして……ひとまずは一緒に行動することにした。

 自分はこれから農地を巡回して、それから城に帰るつもりだと説明し、共に歩き始めた。いざとなったら、ここは危険だと流星術で何処かに避難させて自分だけ戻ることもできる。

 彼は早い足取りで先に進み、彼女はその少し後をついて歩いて、轍のはっきりした道を通った。最初は2人とも黙っていたが、やがてマリーツァがボソリと言った。

「……どうするの?」

彼は振り返りもせずに「何だ」と素っ気なく訊き返した。

「こんなに大急ぎで色んなことしてるんだもの。……これが終わったら、もう何処かに行っちゃうの?」

歩きながら彼は振り返った。彼女は浮かないどころか、また今にも泣きそうな真顔をしていた。彼は訝し気に眉根を寄せ、それからまた前を向いた。

「……さぁな」

「……行っちゃうんだ」

「…………だったら何だと言うんだ?」

マリーツァは、罪悪感と悩みの中で戸惑い、俯いた。道端の野の花が小さな黄色い花を沢山咲かせている。素敵な緑色の道なのに、そこを歩く気分は晴れなかった。

「どうしても……行っちゃうの?」

また彼は振り返り、彼女と目を合わせた。彼女の瞳の奥に見えるチラチラと揺れる炎のようなものが、また彼には見えた。

「………………」

彼の中に、ふとある言葉が生まれた。その途端、それを凄く馬鹿らしいと思ったのだが、それがあまりに馬鹿らしいだけに、彼は冗談半分にそれを口にしてみた。

「……一緒に行きたいのか?」

皮肉屋の笑みが彼女に向けられる。彼女は目を見開き、吸ったままの息をそこで止めて固まった。彼女の硬直を見て、それを楽しむように、彼はもっと小馬鹿にした感じで口元を笑わせた。

「フン……、なら、行くか?」

そういう冗談を言っている自分に彼は内心驚いていたが、その彼の目の前で彼女が立ち止まり、次第に強張りが解けていくのを見て、思わず彼も立ち止まってしまった。

 浮かない様子だった彼女の顔が、細い細い吐息と共に苦痛が抜けていくかのように楽になっていき、放心したような顔つきに変わっていくものだから、彼は目が離せなかった。

 そしてピンク色の口元を柔らかく結んで彼女が頷くのを見て、彼は更に驚いたのだった。

「行くよ、私。……あなたが良けりゃ」

「…………」

「……行ってもいいよ」

彼女は本当に、この国へ自分を引き留める役割を果たそうというのではなく、ただ自分といたいのだ。そう知った彼の方が今度は一瞬放心した。

 だが、ほんの一時見つめ合っただけで、すぐに彼は前方に向き直って道を歩き始めた。

「……冗談だ。本気にするな」

このやり取り自体が意外な事であったが、彼女の返事を聞いた時の自分の心に生じた反応の方に彼は驚き、戸惑っていた。チラリと軽く振り返ると、彼女もまた歩き始めて距離を開けずについて来ており、真剣な眼差しで彼のことを見ている。

「…………どうせ、今日一日が終わるまでには、見事にその気は失せると思うぞ」

それは、彼が本当にそうなると思っていたことだった。何しろ、もうすぐこの娘の前で計画を実行するのだから。場合によっては正体を晒すことにもなるだろう。

 しかし、彼女はゆっくりと首を横に振った。

「……それでも……行くよ。……大丈夫だよ」

彼女は、まるで全てを心得ているかのような静かな微笑を浮かべた。彼はぼうっと暫くそれに見入った。それから、思い出したかのようにまた前方を向いた。

 今はもう、不機嫌そうな額の皺もなく、風に吹かれたような涼しい顔をしていた。

「……どうせ嫌になる。賭けるぜ」

それでも、マリーツァはジッと彼を見つめていた。

「……きっと、行くよ」

もう、彼は前だけを見続けた。

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