第4部31章『堕天使』40
ヴォルトがまた言った。
「ヴィヒレア殿に挑戦をした際は、向こうの方から現れたそうですが、今回は元から我が弟子を狙ってやって来たわけではないようです。あくまで我が軍の撹乱が目的だったようで、マキシマを見つけた我が弟子が捕まえようと追いかけた時も、まずは逃げたのですから。その途中で、逃げきれずに戦いとなったのか、それとも竜時間を自分のものにしようと敢えて逃亡を止め、決闘を始めたのではないかと思われます」
「強戦士との対決が趣味ということではなく……皇帝軍にも敵対意識があるということが。だとすると……解らん。一体何者なのだろう」
「人間ではない、とだけは言えるでしょうな。人間にこれほどの神秘を開発できる脳味噌は、まずありますまい」
人間ではない者。戦士ではない者。そして皇帝軍の敵。そんな者がいるということが彼等には理解できず、途方に暮れてしまう。
「……我等よりも己がこの地上世界を手に入れたいのだろうか?」
「さぁ……、本人に直接訊いてみないことには何も解るまいな」
皆が思い思いに語るのを聞いていた皇帝が、やがて意見をまとめた。一番扱いに慎重さが求められる賓客のヴォルトが皇帝軍を離脱するようなことがあってはならないから、これまで以上に気を遣っているのが解る。
「天使アイアスも蘇り、このマキシマという謎の人物もかなりの厄介者だ。何もかも前例のないことばかりが起きておる。大切な人員も失われた。ここは、今後の作戦を組み立て直す必要があるだろう」
それには皆が同意した。取り敢えず、竜王大隊の進撃は取り止めで固い。1つずつ大隊が出て行くと、また妨害されるかもしれないから、おそらく今後は複数大隊同時進攻になるのではないだろうか。
ここでまた、ヴォルトが指を上げて注目を促した。
「マキシマだが……今度会った時は、殺してしまってよいだろうか?」
皆、一瞬固まった。凍り付いたと言っていい。これはヴォルトの報復宣言だ。無理もないことだが、天使たる竜人ヴォルトにターゲット視されるとは、如何なマキシマとて命運は尽きたな、と誰もが思った。そして人知れず、ゲオムンドは早く手を打たなければと焦り始めた。
誰も答えないので、全ての決定権を握る皇帝カーンが代表して答えた。
「……何者なのか、どのような目的なのかは調べた上のことにして欲しいが……勿論そなたには弟子の仇を討つ権利がある。好きにするが良い」
それが皆の考えでもあった。理由も解明されぬままに処分するのは良策とは言えないが、元凶さえ消えてしまえば、大きな不安が払拭されるのは確かだ。
その後は今後の動きについて議論がなされた。いつになく長い会議となり、終わった後も各種族の本拠地に戻って調整が必要になる。そしてまた、そこから戻って会議、というような具合だ。皇帝軍結成当初以来の緊張感が全軍を覆っていた。
その間、隙を見てはゲオムンドが息子に連絡を取っていたのだが、警告に対して息子の反応はとても冷淡で、こちらでやる事が終わったら、父の言う通りに身を隠すと言って、すぐに動こうとはしなかった。その態度はゲオムンドを激しく苛立たせるのだが、いつからか息子は以前のような従順さを全く見せなくなってしまった。現地に行って強硬手段に及ぶわけにもいかないし、それで動かされるような息子でもないから、ただ息子が早く目的を達成して隠れてくれることを願うしかない。
ゲオルグの心臓はチクチクと痛み、会議ができるだけ長引いてヴォルトの復讐が遅れてくれるように祈った。
そして二晩経ったのだが、ヴォルトが庁舎の地下に様子を見に行っても、ルークスは息を吹き返さなかった。普通なら地上であれば日没後はタイムアウトだとされている呼び戻しなのに、もうそれを大幅に超えて丸二日が経過しているのだ。通常の魔術師ならばとっくに諦めている。それでもヴォルトは引き続き作業に専念するよう魔術師達に申し付けた。
何処かで諦めて区切りをつけなければならない時は来るだろうが、今ではない。彼の天使としての感性は、“まだ諦めるな”と言っていた。この世で数少ない愛する者を失いたくない思いが作り上げた、ただの執念なのかもしれないが、今はそれを頼みにしていたい。
そしてヴォルトはルークスが死んで二度目の朝、万が一自分が戻らない時は、この金で雇える間は勤めを続けてくれと多くの金を渡して魔術師達に頼み、これ以上、仇を野放しにしてはならないとヴィア=セラーゴを発ったのだった。