第4部31章『堕天使』39
ヴォルトの登場によって会議が一時中断され、参謀長スカルファイヤから、これまでどのような流れで議論が進行しているかが説明された。そこで改めてヴォルトの口から今回のことを説明して欲しいと要望され、彼は全てを語った。
「前回、ヴィヒレア殿が言っておられたように、マキシマは他人の性質を自分に取り込むことができるようであるから、今度のことでおそらく竜時間までが会得されてしまったやもしれませぬ。私の見たところでは、そのせいで我が弟子が死にました」
「……竜時間を使われたというのか?」
「おそらく」
それは聞き捨てならないことだった。戦士に限らず、多くの者が竜時間というものを怖れている。もしそれを、先日ヴィヒレアを負傷させたほどの者が己の能力として吸収してしまったのだとしたら大変な事態だ。アイアスに殺されかけてから、すっかり大人しくなってしまっていたサール=バラ=タンや戦鬼大隊の大隊長ロキバルドは唸り声を上げた。虫人だけでなく、ヌスフェラートをも狙い、殺したのだ。次は自分の番かもしれない。
「我が弟子が死の直前に見たもの、考えていたことを読み取りましたところでは、どうやらマキシマという者、根っからの戦士ではないようです。そして、あらゆる種族の特質を体現させた複合体であると」
「……これまでに聞いた話からすると、確かにそのように捉えられるな。だが、戦士ではない、というのは?」
ここで、前回本人を直接見ているヴィヒレアが発言した。
「私がディライラでその者と対面しました時にも、戦士として優れている印象はありませんでした。長年、場数を踏んでこそ得られる太刀筋や身のこなしというものが見受けられれなかったのです」
「では……肉体と潜在能力ばかりが磨かれていったと?」
「そのようなタイプの者なのかもしれませんな」
「ううむ……」
この中で唯一人、真相を知るゲオムンドが実に何食わぬ顔でこの会議に参加しているのだが、誰も彼の心臓が時々ドキリと縮み上がることに気付かなかった。生体反応に敏感な者達が集まっているのだが、マキシマの不可解さ、おそろしさに皆がそれぞれ反応していたので、それに紛れてしまっていたのである。
ゲオムンドは、何故マキシマの正体である息子がこのような所業に及んだのか、その理由を知っている。それで何を気にしているかというと、息子の今後や安否ではなく、この事が知れてしまった時の己の立場と身の振りについてだけであった。
「天使である……とは考え難いということになるのですかな。このような者は前代未聞ですから」
「過去に照らし合わせて考えてみれば……そうであろうな。だが、生まれながらに優れている者が天使の概念であるとすれば、このマキシマも、特異能力を持ったという点ではそれに当てはまるとは思うが」
「うむ……。しかし、過去の天使の戦い方は皆、正々堂々と正面から来ている。ディライラのことも今回のことも、唯の妨害レベルだ。皇帝軍そのものを叩こうというようには見えない」
「確かに。そうすると、何者なのか……」
いつしか、この会議場で人が勢揃いしている時に使う言語は地上世界の共通語にするのが定番になっていた。思えば、ディライラでの出来事を虫王大隊が報告してからではないだろうか。証言できる第三者としてエルフの姫が連れて来られたので、それに対する敬意から虫王大隊が望んで共通語でのやり取りを願ったのが始まりだった。