第4部31章『堕天使』37
「ともかく、そのせいで他のエルフ族達には、ハイ・エルフ族の代表候補は長年いないことになっていたんだ。生まれてきた君はすぐに死んだことにされていたからね。……これは君を守る為でもあったんだが。ところが……無事に成長した君が遂に現れたから、エアルダイン様は子が生きていたことを発表して、代表になり得る者として、その名をお披露目されたんだよ。
君のことを、ふしだらな娘の子と思っているから、代表になり得るということが許せない者が外には多い。それでも、天空の法律では、君には資格が与えられることになっている。しかも……」
セルツァはまた、一呼吸置いてから強調して言った。
「もうすぐ、新しい任期を迎えるんだ。4族それぞれから代表が一斉に選出される。残る者もいるんだが、予定ではダーク・エルフとワー・エルフは代替わりすることになっているんだ。そうすると、どうなるか……実はその4人の中から必ず1人、最も適し優れた者を“ウージェン代行者”として選び直し、着任させることになっているんだ。それは、天空都市の王となること――――世界を見守る最高機関の王となれるんだ! こんなに名誉なことはない。そして、その権力たるや計り知れないものだ! どの一族の誰もが、自分達一族の代表がウージェン代行者となることを望んでいる。そして君は……その有力候補として捉えられているんだ。何故なら……かつてエアがそうだったから……!」
普段は冷静な魔術師であるセルツァの声が興奮で僅かに上ずっていた。そこには、長い長い時間をかけて、その計画の達せられる日を待ち侘び、望んできた者の切なる炎が垣間見えた。
ソニアは、彼が言うことの殆どをまだ十分に嚙み砕けず、理解できぬ戸惑いに、ただ呆然としていた。この人は、何かおかしな妄想に取りつかれているのではないかとさえ思える。
「だから尚のこと……特に次期代表者であるヴァリー達は、君の急な出現が許せないんだよ……! ましてや、ヴァリーはこれまで次代の“ウージェン代行者”の最有力候補とされていたから……、だから、君の実力を試しに……あわよくば君を殺そうとして、やって来たんだ……! それを予見して、こうしてオレが君の護衛者となる為に派遣されたんだよ」
この人はおかしい。あのヴァリアルドルマンダもおかしい。そうとしか思えなかった。今、この地上は皇帝軍の侵攻という脅威の真っただ中にあるというのに、一体何の話をしているのか、さっぱり理解できない。こんなおかしな話は、今の時分には全く関係のないことだ。ソニアはそう思った。
「一緒にエリア・ベルに行こう、ソニア……! あそこなら、君をもっと安全で確実に護ることができる!」
だが、ソニアが呆然としているうちに、そこでセルツァが何かに気づき、再び蛍火へと一瞬で戻ると、彼女の耳元を掠めて小窓から外に飛んで行ってしまったのだった。
その直後に番兵が近づいくる足音がして、鉄の扉がノックされた。
「明かりが消えておりますが、もうお休みでございますか?」
扉にある窓からランプの光が射し込み、彼女の顔が照らされる。ソニアはベッドに座ったままそこに居り、まだ呆然といていた。