第4部31章『堕天使』34
彼から聞きたい事や、彼に言いたい事が沢山あったのに、今はそれを言う気にはなれず、ソニアの口から出たのは別の話題だった。
「……彼が、死んだわ」
誰のことか名前を言っていないのに、彼はそれを解し、特に驚きも見せず、前から予想していたかのような素振りでゆっくりと視線を落とした。
「……そうか」
そして、彼なりに思うところがあるようで遠い目をした。
「噂に違わぬ、いい戦士だった。……残念だ」
感情が麻痺しているはずなのに、その言葉でまたルークスを思い出すと痛みが蘇り、頬を涙が伝い落ちていった。ソニアのその姿を見て、セルツァも切なそうに、同情心に満ちた目を細めた。彼は組んでいた足を下ろし、真面目に彼女と向き合い、手を差し伸べた。
それを見ても暫く動かなかったソニアだったが、彼があまりに自然に同情と友愛を示したものだから、それに応えることが彼を許すことになってしまうと解っていたものの、もはや腹立ちも何処かに消えてしまい、ソニアはそっと彼の隣に座った。
彼はソニアの肩に手を掛け、彼女を慰めた。
「……あいつはオレに、君を守るよう言い残して行った。きっと……今も君の身を案じているだろう」
彼は、セルツァにまでそんなことを言ったのかと知り、肩を張ることもなく、力を抜いて項垂れた。セルツァはそんな彼女を、世の父親や兄がそうするように優しく包み、彼女の頭を抱き寄せて自分の胸に凭れさせた。エルフ身長の者同士だから、他の者よりすんなりと彼女の頭は彼の胸の中に収まった。
「あいつの遺志の為にも……君を守るよ、ソニア」
このベッドの中で、そしてアーサーの腕の中でさんざ泣いたはずなのに、まだ苦しみの涙は流れた。ルークスを知り、その死を悼む者が側にいることで、凍結していた記憶が再び蠢きだし、息を吹き返した。
「もし、こここに居られなくなったら……エリア・ベルに行かないか? あそこなら安全だし、村の皆が君を歓迎する。君がいつまでも戦線にいるより、あいつも安心すると思うぞ」
セルツァの胸から伝わってくるエルフの繊細な温かさに同類の安らぎを感じながらも、ソニアは頭を揺すった。
「……この国を離れる気はないわ。森から森へと隠れて旅をしながらでも……最後まで王様とこの国を守るつもりよ」
セルツァは、ふう、と優しい溜め息をついて笑った。
「全く……母親のエアもそうだったが、……君も本当に大したお人好しだよ」
母親の名前が出てきたことで、ようやくソニアも彼に訊きたかったことを訊く気力を取り戻していった。エリア・ベルに来ないかと言うくらいなのだから、もう彼も全てを話してくれる気になったのだろうし。
「セルツァ……。あなたは私に沢山隠し事をしているわ。今度はもう話してくれるのでしょうね」
「……ああ。本当は、もっと説明の巧い他の奴が来てくれるのを待っていたんだが、この事態だ。こういうのは苦手なんだが……オレから話すよ」
そうして、彼は保護者のようにソニアを抱いたまま話を始めた。
「どこから始めればいいのか……、君がどれくらい知ってるのかもよく判らないんだが……」
「あのヴァリアルドルマンダという人は、私があんまり知らないものだから怒っていたわ。だから……普通の人間にあなた達のことを教えるつもりで話して頂戴」
「……ああ、そうか。そうだな……。それじゃあ、まず、この世界にはエルフという種族がいて、その中で更に4つの部族に分かれているという話から始めよう」
セルツァはここで一つ咳払いをして、普段は苦手な長い説明を始めるに当たって自分の気持ちを整えた。