第4部31章『堕天使』33
ソニアが北塔に監禁されてから、早丸一日となっていた。囚人と言っていいのかどうか微妙な立場でもあるせいか、番兵や女官達はソニアに多分に敬意を払い、少しでも彼女が快適に過ごせるよう気を遣ってくれていた。部屋が不衛生ではないか、寒かったり暑かったりしないかを小刻みに点検してくれるし、監禁されてお裁きを待つ身にしては、いい食事を持ってきてくれる。
事態の急変にとても戸惑っていることもあるのだが、何より多くの者は急にこれまでの習慣から離れることができないのだ。
今は夜の食事も済んで、蝋燭1本の明かりがチラチラと揺れ蠢いて部屋の石壁を仄かに照らしており、ソニアは小窓から夜の森を眺めていた。
あれから、番兵や女官といった監視や世話の役目を負う者以外、誰もここを訪れていない。アーサーもだ。どうやら各々の職務に奮闘しているようである。国王もアーサーも、ソニアをどうにかして守ろうと必死で働きかけてくれているに違いない。
ディスカスはヴィア=セラーゴの動向を探ることの方に目の多くを割いていたが、この城で起きていることの展開を見守る為にも必要数は配し、その都度ソニアに報告してくれていた。番兵がいる手前もあって、いつの間に調べたのか怪しまれぬ程度に、やんわりとした表現で重要な事項だけを告げていたが、それによれば、やはり彼女を追放せよという意見が会議の多数派を占め、主導権を握っているようである。そんなことだろうとはソニアも思っていた。
この国を出ることになるかもしれなくなってから、彼女は1人静かに、長い時間をかけて、これまでのこの国での生活を振り返っていた。時が経つ毎に麻痺感が強まっていき、何事にも動じなくなっていく。情熱が冷めていくのにも似ているが、それは、これ以上心の傷を広げ化膿させぬよう、心が自然に取っていた防衛手段だった。
感情はその通り麻痺していたが、頭は至って冷静に回転し、物事を深く考えることができた。追放が決まった場合に自分が取るべき処置の数々を、心の中で並べて検討している。
全く実行の可能性がないものとして、全ての柵を捨ててアイアスを探しに行くという選択肢もあったが、それはほんの一時空想して心の慰めとする程度に留めた。
蝋燭が短くなってきて、そろそろ次の物に火をつける頃になっていたが、予備用に置かれている新しい物に手を付けもせず放置しているうちに、やがて蠟が尽きて火が消え、部屋が暗くなり、細く白い煙が筋となって立ち昇った。
それでもソニアは何もせず、城の北側に広がる、人家の少ない森の闇を見ていた。
ふと、蛍のような小さな明かりがフワフワと漂ってきて小窓から中に入り、ソニアの耳元を掠め飛んでベッドの上まで浮遊すると、そこでそっと停まった。
蛍火が萎んで闇になると、そこには久しぶりのセルツァがいて、ベッドに足を組んで腰掛けていた。そして何か呟きながら杖を軽く振り、この空間に細工をした。
「……やぁ、暫くぶりだね」
ソニアは何の驚きも感動もなく振り返り、むしろ非難の目で彼をジッと見下ろした。
「今まで姿を現さなかったことを謝る。事情はあったんだが……君には済まないことをした。ソニア」
無感動の延長で、以前ほど彼に腹を立てていないことを感じながら、ソニアは目を伏せた。
「ともかく……今はエライことになってるみたいだな」
彼女に怒られ、責められることに構えている様子もなく、彼は親しい者を案ずる心だけをそこに表していた。同情的でも、変わらず冷静だから一瞬疑ってしまうのだが、それは彼が優秀な魔術師だから仕方がない雰囲気なのかもしれない。