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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第31章
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第4部31章『堕天使』32

 本当に2人きりになれたことを見計らってから、ようやく彼はこちらへ歩いてきた。腕を前に組んだままで、いつものように不機嫌そうであるのだが、目だけはいつもと何やら様子が違っていた。視線を逸らさずに、真っ直ぐに彼女を見つめている。

「……何? お兄様」

突然のことだったのに、マリーツァは自分でもよく言えたものだと思った。彼は言われて明らかにギクリとし、一瞬肩を強張らせた。

「……また泣いてたのか? 今度は何を……」

マリーツァは顔をムッとさせて机の所に行き、贈り物の華美なハンカチーフを取って改めて目元を拭いながら引き返した。

 まさか、昼間の度重なる過重労働のせいで、一人きりになった時間にこうして泣いているのではないかと思い、彼の方も何だか首が落ちていく。これまで連日店で働いていた彼女が、今日初めて休みを取ったと聞かされているので、それは間違いないように思われた。

 気にしなくていいと思いつつも、ゲオルグは組んだ腕まで下ろしていき、後ろめたそうな顔になっていった。それでも、マリーツァから視線を逸らさなかった。

「……何で泣いてたんだ?」

「……もうすぐ、お兄様がいなくなっちゃうからよ」

嘘ではない。ゲオルグの方も、そう言われるのではないかと思って訊いておきながら、その通りの返事を聞いて、やっぱり胸にズキリとくるものを感じていた。

 直前まで彼のことを考えていた彼女の方が、珍しく彼から目を背けている。チラリと目をやると、彼は真顔で何かを確かめるように彼女の顔を見ていた。

 マリーツァは肩を竦めて眉根を寄せた。

「……入る?」

彼はただ、首を横に振った。彼がどうしたいのかも解らず、ただ胸の拍動が治まらず鳴りっぱなしであるのを意識しながら、マリーツァは彼とそうして暫く見合っていた。

「お前……明日もオレの従者として仕事をしろ」

「えっ……いいの?」

マリーツァは目を丸くした。今日あれほど自分を遠ざけようとしていたのに、どういう風の吹き回しなのだろう。それに、その意向は明日城内で告げればいいことだ。何故、今わざわざここに来て言う必要があるのだろうか。

「その代わり……明日は早くから出張して欲しい」

「ハ? 出張?」

マリーツァはもっと目を真ん丸にした。そんな彼女に、彼はまたメモを渡す。受け取ったマリーツァがそれに目を通すと、今日貰った買い物リストより内容はずっとシンプルで字数が少ないが、そこには土地の名前と、ある材料の名前が書かれていた。

「この使いのことはアラーキ大臣に私から伝えておくから、城には行かずに朝はこのままここから出発してくれ。そして、他の者には知られたくない秘密の薬品配合に使う材料で、ここでしか手に入らないから、必ずお前が直接行って手に入れてきて欲しい」

今日は一日、彼からどんな用事を言いつかっても、すぐにハイと請け負ってきたマリーツァだったのだが、これには少し考えてしまった。彼の言うことが本当だとは思えない。どうしてか彼から――――或いはこのエランドリースから自分を引き離しておきたいのだとしか思えない。しかも、こうして直接頼みに来るぐらいなのだから、何かとても大切なことを明日決行する気なのだろう。

「……どうして?」

「……何だ? 不満か」

「……どうして……私をあなたから離そうとするの? 私が、嫌い?」

「…………」

「お兄様って言われるの……迷惑なの?」

2人はジッと見つめ合った。そしてようやくここで、彼は視線を逸らした。この戸惑いが何を表すのか、マリーツァは気になった。彼の企みを邪魔しそうな者を引き離したいだけなのか? それとも……

「引き受けるのなら、明日もオレの従者となっていい。だが、引き受けないのなら、明日はアラーキ大臣の所に戻れ」

質問の答えになっていない。マリーツァは顔を歪ませた。引き受けずにアラーキ大臣の側にいて様子を見た方が接触の機会が増えるだろうか。でも……

「私……お兄様の側にいたいの」

彼は目を逸らしたまま溜め息をついた。彼の中にかなり強い葛藤があるように見受けられる。ややあって、今度はこう言った。

「明日の出張を引き受けてくれるのなら、後はずっとオレの従者になって側にいてもいい」

それが企みの為に言う嘘であったとしても、マリーツァはポーッとしてしまった。ずっと、側にいていい。その言葉に軽く痺れていた。

 ここまで言うのだから、自分が戻って来る予定時間までには全てを済ませているつもりなのだろう。引き受けてしまったら、彼の計画を野放しにしてしまうことになる。

 だが、彼女は敢えてそれを受け入れた。ぎこちなく頷いて、承諾の意を示す。

「……わかった」

それを見て、彼の方もホッとしたのか、丸めていた背筋を正して首を傾げ、少し勝ち誇ったかのような顔をして彼女を見下ろした。

 ここまで来るしかなかったことの腹立たしさと、実行に移した自分に恥じているかのようだった先程までの不機嫌さは何処かに消えて、安堵のせいか、その顔は今までになく優しげに見えた。

「遠方だから、そこまで連れて行く流星術者は手配した。朝、この店にまで迎えに来させるから、そいつと一緒に行ってくれ。頼んだぞ」

マリーツァはまたポロリと涙を零した。今度は彼もただ驚くだけではなくて、口元を皮肉っぽく笑ませてみた。

「フン……泣き虫め」

それだけ言うと、すぐに彼はそこを立ち去って階段を下り、帰ってしまったのだった。

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