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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第31章
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第4部31章『堕天使』31

 今では、あの勤勉さも皮肉っぽさも、素っ気なさも彼女に愛着を抱かせている。偶に見せる彼の驚いた顔や、ぼうっとした姿は、面白くて好きだった。それもこれも、もしかしたら半分はエアの血が入っているからなのかもしれない。何処が似ているのかと言われれば探し出すのは難しいのだが、ソニアをあれほど可愛がっていたのを見れば、それだけでも十分のような気がする。花を愛でるように、美しきもの、清きものを愛する心は、彼の父親にはない。エアに惹かれはしたものの、あれは愛ではなく欲望だった。それも薄汚く卑劣な……。

 ゲオルグも一時は力尽くでソニアを手に入れようとはしたが、あれは彼女の命を心配した上で、追い詰められた挙句のことで、それまでは実に穏やかで、良い()らしいものであった。

 彼は歌や踊りも好きらしい。自分でそうすることはしないが、こちらが自然に歌ったり踊ったりしていると関心を示すのが解る。これらは皆、彼があのエアの血を受け継いでいるからこその性質に違いないのだ。だから、かつてエアを愛したように、彼のそんなところも気に入っていた。

 過去を全て忘れ去ることができるかもしれないし、彼とは楽しく付き合えそうな気がする。

 自分が、赤子だった彼を捨てて不幸にした張本人であることを知られてしまえば、それまでなのだが……。それを思うと、喉が詰まりそうになる。

 彼の企みを突き止めるという名目で、まだ真実を告げずに周辺を探るこの生活を続けているが、果たして動機はそれだけなのだろうか? 自分の罪を告白してしまえば、彼の側にはもういられなくなることを何処かで避けているのではないだろうか。

 彼女は、もうそれに気付いていた。終わらせたくない自分がいることに。

 だが、いつまでもこうしてはいられない。いつかは言わなければならないのだ。そして彼に死ぬほど憎まれなければならない。

 この国に来た時、その当時は結構意気込んでいたのに、まさかここまで言い辛い状況になっていくとは思ってもみなかった。彼がこの告白によって心救われるであろうことを知っていて、それでも、彼に憎まれることを、こんなに怖れるようになるとは考えてもみなかった。

 憎い相手に憎まれるのなら、それは望むところだ。痛くも痒くもないとまでは言えないが、自分の中に戸惑いは生じない。だが、今は違った。

 マリーツァは、また一粒涙を零した。今はもはや、自分の罪悪感ばかりが募って苦しかった。店で働いたり、昼間は城にいたりすれば、動いたり歌ったりで気を紛らわせられ、少しは忘れていられるのだが、こうして静かに内省していると尚更はっきりとしてきた。

 長年、このことを悪く思うことなんか一度もなくて、エアには理解されなくても自分達は良い事をしたのだと信じていた。エアと同じ意見を持つエルフだっていなくて、そんな汚らわしい血筋の子供は早く手放すべきだと誰もが考えていた。捨てる、という方法については必ずしも皆が賛成したわけではなかったが、それでも、あのような子の里親を見つけるのは難しいことである。だから、彼女達が取った行動をエア以外の誰も責めたりはしなかったのだ。だから自分達は必要な事をしただけなのだと思っていた。エアの幸せの為に。

 何十年も経って話題にすることも全くなくなって、思い出すこともあまりなくなって、やがてエアが死んで、その間、捨てた赤子のことを顧みることなんか一度もなかった。まさか、200年近く経ってから、こんな風に過去の行いについて苦しめられることになろうとは、それこそ思ってもみなかった。

 ああ……私はいつ、彼に打ち明ければいいのだろう。

 その時、足音が近づいてきてマリーツァは息を止めた。今、誰かに来られても見せたくない顔だ。自分に用があるのでなければいいが。

 しかし、その願いに反して足音は彼女の部屋の前で止まり、扉をコンコンとノックした。テレサだった。

「ねぇ、マリーツァ、起きてるかい?」

面倒を見てもらっている義理があるので、テレサを無視するわけにはいかない。

「――――ええ、テレサ。何か用?」

マリーツァはベッドから起き上がり、涙を拭った。

「明日の為に休んでるとこ、何なんだけどさ、あんたにお客だよ」

テレサがそんな風に誰かを連れて来るのは初めてのことだった。普通なら、マリーツァは休んでいるから、また今度にしてくれと追い返すか説得するだろう。それをしないで案内するとは、一体誰なのか。

 内鍵を開けてマリーツァは顔を見せた。そこには仕事用に着飾ったままのテレサが立っている。

「あら、あんた泣いてたの?」

目が赤かったので、テレサはすぐに気付いた。そして励ますようにポンポンと肩を叩く。

「……あんたが休みだと知ったら帰ろうとしたんだけど、一応連れて来たよ。――――ほら」

マリーツァが首を出してテレサが示す廊下の向こうを見ると、突き当りの階段の所に少々きまり悪そうな様子のゲオルグが立っていた。

 自分の知らぬ間にどれほど人々が気を回しているのか見当もつかないが、さすがの彼女もこれには目を丸くした。テレサに彼の話をしたことはない。おそらく、アラーキ大臣や従者コリンの差し金なのだろう。

「テレサ……」

じゃ、仕事だからとすぐにテレサは立ち去り、通り過ぎる際にゲオルグの肩もポンと叩いてから階段を下りて行った。

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