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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第31章
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第4部31章『堕天使』30

 バワーム王国の首都エランドリースでは、薄曇りの夜を迎えていた。

 城での勤務時間中はずっとゲオルグの側にいられるよう、与えられた仕事はテキパキとこなしていたマリーツァは、彼が何かを焦り、企みを実行に移そうとしているのではないかと勘づいていたのだが、仕事をこなしながら彼の様子を盗み見ている限りでは、それが何であるかを突き止めることはできずにいた。

 そして時間終了となり、お試しであった今日一日の務めも終わってしまい、彼女は不満ながらもゲオルグの従者を離れてアラーキ大臣に一言挨拶をしに行き、それから城を出てテレサの店の下宿へと戻っていた。

 今日は、慣れない仕事で疲れたと訳を言って、店の仕事は休みにさせてもらっている。彼女目当てに来る客には悪いが、何しろマリーツァはこの店に来てから一日も休みを取っていない。昼の仕事と掛け持ちでは、そのうち疲れも出てくるだろうと見ていたテレサが早くから週に一度くらいは休んだらどうかと言ってくれていたものだから、すんなりと今日の休みに応じてくれたのである。

 マリーツァことポピアンは、この店で働くようになってから世話してもらった部屋で寝起きをしていた。店の2階奥にある従業員用スペースの片隅にある部屋だ。

 彼女は卓越した術者ではあったが、睡眠中に人化術が解けてしまうおそれがあったので、いつもしっかりと内鍵をかけてから部屋で寛ぐようにしていた。テレサにも、そう勧められている。これだけの美女だと、いつ何処の誰が訪ねて無理矢理押し入ろうとするか分かったものではない。だからその点でも、他の場所で暮らすより、店のボディーガードがいるこの建物内で休むのが人間の娘として安全でもあったのだ。

 他にも、この店で働く者が何人か別の部屋で暮らしている。彼女の場合はこの国に長居するつもりがなかったので、簡単な部屋を用意してもらい、家具などの持ち込みは一切していなかった。上得意の客が酔い潰れたりした時などに使われていた仮眠室兼救護室のようなもので、簡素なベッドとロッカーに机と椅子、という内容だ。入室した当初は全く色気がなかったものである。

 しかし、以前は殺風景だったこの部屋も、今はマリーツァへの贈り物で溢れ返っており、丈の長いドレスが数着壁に飾られ、毎日貰う花束の一部を幾つもの花瓶に挿し(部屋に入り切らない分は店で使って貰っている)、首飾り、耳飾り、装飾の美しい箱に入った高級な砂糖菓子など、数えればキリがない程の品による華やかな色で彩られていた。

 そんな品々で枕元が埋め尽くされているベッドに寝転がり、マリーツァは溜め息をついた。

 何やら大臣が、ゲオルグ引き留め作戦以上の妙な気の回しで自分を彼に宛がおうとしたのは解っていた。こちらも好機と思い、積極的に彼の従者になろうとしたし、なるべく側にいられるように頑張った。だが、彼も彼で懸命に自分を引き離そうとするばかりで、こちらの成果はゼロだ。かなり苛立っていたようだから、彼の計画を遅らせる役には立っているのかもしれないが、それは大した働きの内には入らないだろう。まだ、自分の目的は何も果たせていない。

 そして彼女は、昼間見た、研究室の窓から外を眺め、顔を曇らせていた彼の暗い目を思い出した。グラスを持つ手が僅かに震えていたのが忘れられない。

 彼女の目から、罪悪感の涙がまた1つポロリと零れてベッドに落ちた。

 かつてあれ程憎んでいた彼の存在が、こうして側近くで暮らすことによって違うものへと変わりつつあった。仲間と一緒に赤子の彼を籠に入れて川に捨ててから、百数十年もの長い間、彼の姿を見たことはなく、一度森の聖域内に入って来た時も、追い返す為に距離を開けて話すリュシル達の後ろから盗み見ていただけだった。ソニアと共にいたあの数日間、ヴィア=セラーゴから逃れた直後の旅の道と、島での時間こそが、初めて彼を間近に見て、彼を知ることのできた機会だったのだ。

 それでもあの時は、まだ憎しみの大半が身の内に残っていて彼女を燃やしていた。だからつい、あんな事をしてしまったのだ。

 あまりに、あまりに、彼の母親であるエアを愛していたから。

 だから、あまりにそのエアに似た娘のソニアと、あまりにゲオムンドに似ているゲオルグとを同時に見た時、どうしてもエアを不幸な目に遭わせた男本人がそこにいるかのような錯覚に陥り、憎しみが募ってしまったのだ。

 だが、自らの罪を償う為に彼を探し出し、こうして側近くで暮らしていると、いつの間にか憎しみは何処かへと消えてしまっていた。ソニアの言う通り、エアの不幸について彼自身には何の罪もない。それを理屈だけでなく、本当に心から理解することができるようになったせいもあるが、それだけではなかった。

 自分達が彼を捨て、エアに頬を打たれてからの長い長い年月、彼がどのようにして生きてきたのか、その哀しい人生が垣間見えた時、憐れみと罪悪感が彼女を揺さぶり、かつてのしこりを打ち消していくのだ。憎しみというものは身の内にある炎を強くして、血も心臓も跳ね踊るかのように躍動感があったが、憐れみと罪悪感というものは、逆に血流も拍動も遅くなり、自らが萎んでいくようだった。

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