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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第31章
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第4部31章『堕天使』28

 暫く何も言えず、アーサーは彼女を強く抱き締め、涙で彼女の肩を濡らし続けた。

 日が昇っていても北側のこの塔は薄暗く、3階に当たるこの部屋は主城の陰に隠れてしまっているので、どこか寒々しい。小窓から入り込む青い光だけが部屋を染めていた。小鳥はこんな時でも惜しみなく囀り、変わらぬ朝が訪れたことを空に告げている。

「みんな……馬鹿だ……!」

彼女の髪を撫で、その肌の香りを間近で嗅ぎ、触れ合う身体から伝わってくる清らかな波動を感じ、噛み締めながら彼は言った。

「エルフの血が入っているからって……それだけであんなに怯えやがって……エルフがどんな奴等かも知らないのに……! どんなにいい奴等かは……ソニアを見れば判るだろうに……!」

殆ど答えは解っていながら、それでもアーサーは言わずにはおれなかった。

「どうしてあんな事を……? ソニア……」

ソニアは謝り続けてばかりで、話をするというより2人一緒に哀しんでばかりいた。こうして抱き合うことが何より重要で貴重なことで、他は言っても言わなくても仕方のない、無意味なものばかりのように思われた。だが、それでも言っておかなければならないことや伝えるべきことが幾つもあった。

「唯の人間のフリをして、ここにいることは……もうできかなったの。いつかは皆に言わなければならない時が来ることは知っていた。昨日が……その時だったのよ。私にはもう……本当の事を隠していることはできなかった」

「誤魔化して通すこともできたはずだ……!」

「もう……そこまでして、私の正体や彼等の存在を隠して生きることが馬鹿らしくなってしまったのよ。何より……ゼフィーやあの人に悪いと思ったの。苦しんで生きている者達の存在を貶めるようなことはできなかったの」

彼女の顔を鼻が触れそうなほど近くで見つめ、アーサーは泣きながら口元を笑わせた。

「本当に……お前らしいよ……! 呆れるくらいに……!」

そして頬ずりし、愛しそうに頭を撫でて、泣いているのか笑っているのか、どちらかともつかぬ擦れた声を漏らした。

「クソ……! 何だってこんな事に……!」

彼を苦しめている原因が自分であるから、どうにも辛くて、ソニアは罪悪感から彼を強く抱き締め続けた。自分のなけなしの力でもいいから、そっくり彼に渡して元気になってくれないものかと願い、そうしていると、それが叶うのではと期待するかのように、もっと優しく大きく彼を包み込んだ。

「皆は……お前を……この国から追放しろと言うんだ……! 軍隊長の地位や、兵士としての職を解いて、ただの市民になるだけでは気が済まないらしい……! お前が側にいる限り、いつまた問題が起きるか解らないからって……お前の所へ、いつまたヌスフェラートが来るかもしれないからって……! しかも、お前がそのうちヌスフェラート側に寝返るかもしれないなんて言う奴までいるんだ!」

ある程度の予想はしていたが、恐怖に駆られた人間がやりかねない振る舞いで、哀しい事実だった。臆病であればあるほど、人はなるべくその原因となるものを極力遠くに放り出すか捨てようとするのだ。

「まだ最終決定じゃない。決まっちゃいないが……だが……もし本当にそうなっちまったら……オレは……オレは一体どうしたらいいんだ……⁈」

彼の胸から、かつてない程の恐怖が伝わってきた。明朗快活で常に前向きな強戦士として生きてきた彼が、これまでこんな風に何かに怯えたことも、またそれを彼女に見せたこともなかった。この国を守る為に戦士として2人で闘い、死することもあるかもしれないという覚悟はずっと持っている。ここ最近は特にそのことについて考えさせられる機会が多かったので、どうやって国を守り、彼女が自分より先に死んでしまうことがないよう敵と立ち向かうか、さんざシミュレーションしていた。

 戦などなければいい。国が戦場にならなければいいと願うものの、そのシミュレーションの中では常に彼女が共にいたから良かった。一緒に戦えるはずだと、これまでは信じて疑うことがなかったのだ。だが、今の状況は全く違う。まさか現実に起ころうとも思わなかった下らぬ事の為に、2人は引き裂かれようとしているのだ。全くもって有り得ぬ事だった。

「もしお前が追放なんかされたら……! オレも一緒に国を出てやる……! こんな所……!」

「アーサー……!」

ソニアは再び彼の顔を両手で包み、覗き込んだ。

「そんなこと……あなたにはお母様やミンナがいるのよ⁈ 2人はどうするの?」

「解ってるさ……! 解ってる……! だが……」

彼は狂おしさに声を引き攣らせて、痛い程にきつく彼女を抱き締めた。

「お前と離れなきゃならないなんて……それはオレに死ねと言っているようなもんだ……!」

それは彼がこれまで言い続けてきたことであり、今更驚くほどでもないはずなのに、追いつめられたことで彼が見せる必死さは真に迫っており、ソニアを圧倒した。あの騎士ほど病的な心の傷はない健全な青年なのだが、それでも瞳の震えには狂気に近い光が宿っていた。

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