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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第31章
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第4部31章『堕天使』20

 ここで、それは見間違いだと否定することは容易かった。自分はただの人間の男と祭を楽しんだのだと言い、嘘を貫くことはできた。偽の人物をでっち上げなければならないが、ディスカスの手を借りれば何とかなるかもしれないし、姿を隠しているセルツァも、この事態を知れば手を貸してくれるかもしれない。彼等に人化してもらい証言をお願いすれば、どうしても不自然さは残ってしまうかもしれないが、最悪の事態を免れることはできるだろう。

 だが、ソニアの頭は呆然としたままで、痛みと哀しみばかりが募って喉が詰まり、言葉が出てこなかった。

 彼女のそんな姿に不安を感じたアーサーは沈黙を破って、彼女を目覚めさせるべく強い声で言った。

「本当に一緒に行った奴を、ここに連れて来て、見せればいいんだろう? すぐには無理かもしれないが、呼んでくりゃいい。そうだろう? ソニア」

「――――私は、軍隊長殿にお訊きしているのです!」

ピシャリとハルキニアが言い、アーサーとの間に実に険悪なムードが漂った。そこで掴み合いでも始まるのではないかと思って、何人かがハラハラと見守っている。

 ソニアは目を薄く開き、玉座の間にはないものを見ている。顔色には血の気がなく。今にもそこで人形になってしまい、ガラガラと音を立てて崩れてしまうのではないかと思わせる危うさが彼女を覆っていた。追いつめられた焦りというものは何処にもなくて、物事に疲れ切った隠者のような雰囲気がそこにある。

 ハルキニアの剣幕にもアーサーは止まらなかった。

「――――見ろ! お前達の心無い仕打ちで、ソニアは参っちまってる! ただでさえ最近は国防で神経を使ってたんだ! よりによってそんな時に、よくもこんな下らない事を……!」

彼女を崇拝する者達は、その言葉に目を閉じて俯いてしまった。

 だが、ハルキニアはそれでも動じず、かえって落ち着いた低い声で、今度はアーサーだけに言った。

「……近衛兵隊長殿、あまりそのように庇い立てなさいますと……場合によっては貴公の立場も危うくなりますぞ。軍隊長殿の返答如何によっては、貴公も共犯者ということになり、国を乗っ取る計画に加担していたとなりかねませんからな」

アーサーはハルキニアに掴みかかろうと前に進んだ。慌てた護衛兵が走り寄ってアーサーの腕や肩を押さえ、総務長官と彼を守った。ハルキニアは一歩も動かず、その場に同じ姿勢で立っている。

「お答え下さい、軍隊長殿……! 何を黙っておられるのです!」

それでもソニアは、唇一つ動かさず、虚空ばかりを見ていた。

 遂に見兼ねた王が玉座から立ち上がり、手を挙げて皆の注目と静止を促した。ソニア以外の全ての者が王の方を向いた。

「ハルキニアよ、待ちなさい。……何故そのように敵意をぶつけるのだ」

行方不明のソニアが帰還してから持病の発作も治まり、元気そうであった王なのだが、今は顔色も悪く、落ちくぼんだ目をしていた。心労が明らかに王の健康を損なっている。

「この事は何か……不運な偶然と誤解が重なったのに違いない。そなたも、そなた等も、まさか本当にこの者が国の乗っ取りなど計画しているとは考えておるまい? それはよく知っているはずじゃぞ。そのように……この者が既に犯罪者であると決めつけたかのような振る舞いは、あまりにこの者と、この者がこれまでに培ってきた平和に対して失礼で、辛い仕打ちではないか」

王は同意を求め、確かめるように皆を見回し、長い長い溜め息を深くついた。

「……ソニアよ、このような心苦しいやり取りは、ワシも早く止めにしたい。部屋から出てきたからには……そなたがその衣装で祭に出掛けたのは、確かなのじゃろうな?」

王から自分自身に声を掛けられたことで、やっとソニアも首だけ王に向けることができた。頷きも返事もしなかったが、認めたと見て王は続けた。

「その衣装を着て、そなたと一緒に行った者を、今すぐここに連れて来ることはできるかの……?」

ソニアはそっと目を閉じた。アーサーだけが、心の中でソニアが泣いているのだろうと知っていた。そして言葉には出さず心の中で、頷いてくれ、と必死に願った。ただ頷くか、ハイと答えるだけでいいのだ。

 だが、ソニアは何もできなかった。

 言うべきでない事を伏せることくらいは普通に慣れていたし、人に言えない秘密を幾つか抱えている彼女ではあったが、元々謀略家でも政治家でもない。ただの、真っ直ぐな軍人だった。明らかに事実と異なる嘘を、平気でつける類の者ではなかった。そして、その性質を隠して、強いて噓を言うには、今はあまりに疲れていた。哀しみと落胆と痛みが、彼女をどうしようもなく疲弊させていた。

 王も、彼女が楽に身を護る行動を選択し、取れるように図ってみたのだが、アーサーや王の期待にも関わらず、彼女はそこに固まり続けていた。

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