第4部31章『堕天使』18
「率直に申し上げます。軍隊長殿、失礼と思いますな。貴女は人間に非ざる人物……ヌスフェラートの男と密通しておいでですかな?」
ソニアもアーサーも、取り乱すよりポカンとした。あまりに異種族と接する生活が長いせいで、当初よりも後ろめたさが薄れていたということもあったが、その言葉に該当する人物が一人ではないものだから、一体誰のことを言っているのか判らなかったのである。勿論、誰と会う時もこちら側も向こうも姿を見られぬよう気をつけていたつもりなので、目撃されたのだとしたら何時のことなのか見当もつかなかった。
誤魔化そうというよりも純粋な疑問から、ソニアは訊いた。
「……どういうことですか?」
未だ殆ど信じられない者も含めて、その場の全員が彼女の反応を食い入る様に見つめ、その中に真実を探ろうとした。
総務長官の展開は早かった。国王の補佐として、この国の裁判官の役目も果たしているだけに、このような場を取り仕切るのに慣れていたのだ。
「昨日、貴女は一日祭にお出ででしたな。その時、貴女らしき人物とヌスフェラートの男が一緒にいるのを目撃した人間がいるのです」
「えっ……」
彼が誰のことを言っているのか解り、ソニアの脳裏にその人物の姿が映って、傷が新しいだけに痛みが容易に募り、一瞬瞳が揺らいだ。
だが、何時、何処で見られたのかが解らなかった。変装は完璧だったし、人に怪しまれている様子もなかった。食事の時に少し仮面をスライドさせても、それだけでヌスフェラートと解るほど肌は出ていないし、人に見られぬ角度を選んで気をつけていたのだ。
まさか、あの帰り道で? それとも、あの待ち合わせ場所で? 人がいる様子はなかったが、誰かにこっそり覗かれていたのだろうか?
戸惑うソニアに代わり、アーサーが眉を顰めて鋭い目で言った。
「何だって? どういうことだ。詳しく話せ、ハルキニア。そんなとんでもない事を言うからには、余程のものがあるんだろうな?」
アーサーは彼らしい主張をしているだけなので、総務長官ハルキニアは全く怯む様子なく淡々と続けた。
「勿論です。そうでなければ、このように人を集め王のお耳に入れることもありません。
事の起こりはこうです。軍隊長様お付きの従者殿が、先日、祭用の衣装を城下のとある店で購入されたはず。それを、彼が貴女の従者であると判る者が偶然見ておりましてな。従者殿用ではない買い物だったので、きっと貴女がそれを着て現れるに違いないと思ったのだそうです。
そして昨日、その衣装を着た2人組が確かに現れた。貴女は人気がおありだから、その者も関心があって、つい追ってしまったらしい。そして人気のない場所で仮面を外した時に、表れたお顔が確かに貴女のように見え、そしてもう一方の人物は、どう見てもヌスフェラートの様に見えたらしいのです。
――――勿論、見間違えたのではないかとも思いました。何分、夜のことですし、特殊な二重仮面を被っていたことも有り得る。ですから、まずは目撃者の証言に適う証拠の品を貴女が持っているか、そしてそれが二重仮面などではないか調べればはっきりすると思い、国王様の許可を得まして、貴女の部屋を、こちらの幹部立ち合いの下で少し捜査させて頂いたのですよ。そうしたら――――出てきました」
ハルキニアの合図で、部下である副長官が後ろ手に隠していた麻袋を前に出し、その中身をその場に広げると、中から白い服と仮面が2組出てきた。
ソニアは言葉なしに、ずっと黙ったまま、目のまで繰り広げられている物事をただ見ていた。何故こんな事が起きるのか。何故彼等がこんな事をするのか。そちらの方が信じられず、呆然としていた。
「その衣装屋にも確認を取り、これらが確かに、その店で扱った品であることが判っております。遠巻きながら従者殿の顔も確認してもらいました。見覚えのある客であると、衣装屋も申しております。そして、この仮面、二重仮面ではないようですな」
「おい……待て、――――待て!」
アーサーが苛立ちのままに声を荒げた。
「ちょっと待てよ! ヌスフェラートだか何だか知らないが、そんな事の為にわざわざ幹部連まで首を揃えて、こいつの部屋を荒らしたって言うのか⁈ それを国王様がお許しになったって言うのか⁈」
ここまでの流れで行けば、彼の言い分は尤もであり、それについてはこの中の何人かも当初は思った事だった。そういった者は後ろめたそうに顔を伏せてしまった。
「……まぁ、お聞きください。近衛兵隊長殿」
ハルキニアは2人のことをいちいち役職名で呼んでいた。それは、この男が裁判官として役割を果たす時の、特に罪状を突きつけようとするときに使う口調だった。
「我々とて、滅多なことでそのような破廉恥な所業には及びませんよ。その他にも重要な事があるのです。その目撃者が言うには、そのヌスフェラートらしき男の容姿が、先日近隣の村で起きた事件の際に村人が見ている敵の容姿と似ているとのことだったのです。もし、そうであったならば……事がどれだけ重大かお解り頂けますかな?」