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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第31章
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第4部31章『堕天使』14

 しかし、大臣が多少なりとも腹立ちを感じる前に、クスンと鼻をすする音がしたものだから、大臣はおろか従者コリンもゲオルグもビクリとしてマリーツァを見た。

 彼女は、何と本当に瞳を潤ませて長い睫の目立つ上目遣いでゲオルグをジッと見ていた。コリンはすぐさま、あ! 泣かせた! と言わんばかりの笑みを浮かべてゲオルグと彼女とを見比べ始める。大臣はそれに比して、もう少しゆったりとした仕草で2人を交互に見た。

 困ったことにゲオルグは、普段滅多に囚われぬ感情に襲われて自分でも当惑した。ほんの一瞬前まで目の前の3人はどいつもこいつも邪魔な障害物でしかなかったのだが、マリーツァの目が涙で潤んだ途端に彼女だけは一個人として浮かび上がり、彼を弱らせたのだった。

 長い人生でも人との付き合いは少ない彼であったから、特に女性を泣かせるなんて機会は本当になくて、近年になりやっとソニアが涙するのを目にするようになっただけで、それがとても辛かったものだから、この人間の娘に泣かれることも耐え難かったのである。たかが人間のことなど放っておけばいいのに、心はどうしてもそうはいかなかった。

「邪魔にならないようにしますから、ダメですか?」

とっとと3人とも消えて欲しいのに、この娘に泣かれるのはもっと鬱陶しい。

 ゲオルグが動揺を見せたので、大臣とコリンが代わる代わる追い打ちをかけてきた。

「この通り、本当にマリーツァはゲオルグ殿をお慕いしておるのですよ。どうか今日一日だけでも、お試しということで側に置いてやってくれませんかな」

「このマリーツァが泣くなんて、私、初めて見ましたよ。本当に、罪なお方ですな、ゲオルグ様」

ああ! まずこのマリーツァのメソメソを止めさせたい! そして、こいつら皆を退散させたい!

 ゲオルグは他2人のことは無視し、マリーツァのことばかりを見ていた。

 そうか、それならこの手がある。

「……ならば、特例として今日一日だけ、お借りしましょう。ただし、私の好きに使わせて頂く」

「おお! おお! それで結構ですとも! 良かったな、マリーツァ」

コリンなどはニヤニヤ笑いを更に強めていた。頭の中で“一匹狼、マリーツァの泣き落としに陥落”と題名をつけている所である。

 マリーツァは見違えるように嬉しそうな笑顔を見せてキラキラと輝いた。目の錯覚か、光の粉が煌めいていたように見えたくらいだ。

「わぁ! 嬉しい! 頑張りますね!」

その場で早速、このままマリーツァが残ることになり、大臣とコリンは「では、頑張ってくれ」とマリーツァを激励し、ゲオルグにも礼を言って去って行った。早く2人きりにさせる為だ。

 クソ、厄介な問題に悩まされている最中なのに、こんな面倒事に足を取られて堪るものか。

 ゲオルグは「来い」と言うと、ツカツカと歩き始めて研究農園敷地内にある小屋に入った。研究関連の書類が沢山置かれ、書き仕事のできる机が幾つかある。その他、植物の苗を育てる温室も併設されているし、幾つものプランターが天井から吊るされて光を浴びていた。

 その机に直行すると、ゲオルグはスラスラとメモを取ってマリーツァに渡した。

「使いに行ってこい。そこに書かれている場所に行って、書かれている物を調達してくるんだ」

メモを受け取って内容を見たマリーツァはキョトンとした。このエランドリースに来てまだ日が浅いものだから、書かれている地名がどれも全く解らない。

「ねぇ、お兄様、私だと時間がかかるかもしれないわよ。書いてあることがチンプンカンプンなんだもの」

「それでいい。ゆっくり行ってこい」

ああ、追い出したいのかとマリーツァも理解し、ここはゴネたりせずに素直に引き受けることにした。

「はぁい、じゃあ、行ってきまーす」

マリーツァはルンルン気分といった様子で軽くスキップをしながら出て行った。その姿があんまりご機嫌そうだから、見ているゲオルグの方が逆に腹が立ってくる。

 これでやっと、うるさい連中を追っ払うことができた。あのメモに書いたのは、どれもバラバラに離れた町の農作物だ。一日かけて回り切れるかどうかという内容である。主人の命に忠実に振舞うのならば、今日はもう戻って来ないだろう。

 さて、作業に取り掛かるか。ゲオルグは他の研究員に指示を出して実験作物の回収を始めた。

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