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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第9章
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第2部第9章『刺客』その2

 トライア精鋭一行は、その後も速足(トゥロット)で首都を目指し、その間は幸いにも緊急事態の知らせは入らず、翌日の落日後に城都へと帰還したのだった。

 通信役の知らせで一行が戻って来ることを聞きつけていた城下街の民や城の者達は、夜でありながら総出で彼等を迎え入れた。歓呼の中、城下街に花の雨が降り、音楽が鳴り、万歳が波のように繰り返された。一行は照れたり、誇らしく胸を逸らしたりして、ゆっくりとその中を通り、存分に民達に姿を拝ませてから城の門をくぐった。城でも拍手喝采だ。

「お帰りなさいませ!」

「お帰りなさいませ! 国軍隊長閣下!」

「ご苦労様でございました! 皆さん!」

熱烈に歓んで出迎えてくれる幹部から厩舎係に至るまで、ソニアや他のメンバーは微笑みを返し、手を振って返した。今や彼等は、誰にとっても憧れの的だった。

 馬を預けた一行は、ソニアを先頭にして王が待つ謁見室に向かった。颯爽と進む彼等の為に、誰もが脇に退いて回廊の道や階段を開け、目を輝かせて見送った。

ソニアの隣に並んだアーサーが、謁見室までの道程を歩きながら小声で話かけた。

「……少し、森が乱れていたな」

「……ええ」

ソニアの顔は、人のから見えない角度の時には沈んでいた。彼女のいなかったこの期間、トライア領の魔物達は獰猛な性質を強めて暴れ回っていたのである。

「すぐに元に戻るさ。お前が帰って来たんだからな」

ソニアは尚も黙々と歩き続けた。松明に灯された柱を幾つも通り過ぎて行く。アーサーは彼女の歩調に合わせて歩きながらチラリと顔を見、また行く手を向いた。

「……だから、そんな顔するな」

ソニアが少し速度を緩めて彼の顔を見上げると、彼はニッと笑って軽く背中を叩いた。

「……ありがとう。そうだね」

2人は微笑み合って互いの信頼を確かめ合った。

 後続の兵士達は、昨日見られた2人の不和はどうやら一時的であったらしいと見て取って、胸を撫で下ろし、安心したからこそ、何があったのか真相を知りたい好奇心の虫がウズウズと腹の中で蠢き始めて、コソコソと囁き合った。


 「――――――只今戻りました! 王様!」

 謁見室の扉が開かれ、2人の声が元気良く通り、一行がゾロゾロと中に入って行くと、待ちあぐねていた王が玉座から立ち上がって段を下り、同じ高さになって歩み寄った。

「おお! おお! よく戻って来たな! 我等が勇士達よ! ご苦労であった!」

 一同は一列になって跪き、一人一人、王から直接労いの言葉をかけられ、肩を叩かれた。

 指揮官として自分だけは立っていたソニアは、王の顔色が思ったより優れていないことに気がついた。ふと見れば、玉座脇にいる王妃が心配そうに様子を窺っている。

「……王様……? お顔の色がよろしくありませんが……」

口に出せずとも、同じことを思っていた仲間達も王を凝視した。

「ハハハ、なに、持病のせいじゃよ。そなた達が出征した後、また発作があっての。今はもう治まっておるから、気にすることはないぞ」

「そんな……! 何故、お知らせ下さらなかったのです? 戦いに専念させる為ですか?」

王は「まぁ、まぁ」とソニアの肩を叩きながら笑って見せた。病人の顔色ではあるが、精鋭の帰還に歓ぶ光は本物で、目をキラキラとさせている。

「知らせるほどの事ではないから、知らせなかったのじゃよ。これしきの事で、もし、そなたが血相を変えて引き返してきたりでもしたら、テクトに申し訳が立たんからの」

 ソニアが城勤兵となった時には既に老齢期にさしかかっていた王は、その頃から胸の病を煩っており、乾期と雨期の変わり目によく寝込むことがあった。

 ここ数年は幸い大きな発作もなく、病があったことすら忘れるほどの健康体だったのだが、実は今回の出征前にも発作があって、出征の命を受けたのも王のベッドの前であった。今の王の顔色は、病が存在を再び誇示しているしるしなのだ。

「それより、そなた達、お疲れであろう。連日働き詰め、戦い詰めだったのじゃ。明日は丸一日、そなた達全員に休暇を取ってもらいたい。戦時ゆえ遠出はさせられぬが、せめて、ゆっくり骨休めをしておくれ。ソニア、アーサー、そなた達もじゃぞ」

「わ……我々もですか?」

2人は目を丸くした。軍幹部がこれだけ一斉に休んだことはかつてない。長らく不在にしていた仕事の引き継ぎを早速しようとしていたところだったので、その提案には驚いた。

「そうじゃ。そなた等が無事戻って来ただけで、今は十分じゃ。その到着を、もう一日先に伸ばして考えることにする。まだ、そなた達の留守を預かる体勢が機能しとるから安心致せ。既にそう通達してある」

 ソニアは一歩前に出た。

「ご厚情に感謝致します、王様。そこを押してお願い申し上げますが……私には勤務を許可して頂けませんでしょうか?」

王は解り切った顔をして、笑いながら首を横に振った。

「いかん、いかん。そなたは真面目過ぎる。そなたこそ休まねばならんぞ。明日働いているところを見つけ次第、報告するようにも通達してある」

「王様……!」

ソニアの呆れ顔を見て、実に愉快そうに王は笑い、手を叩いた。皆も笑った。

「さぁ、そなた等の為に小宴が設けてある。武士(もののふ)らしく存分に飲んで食べるがよい! そこで、今回の事をよぉく話して聞かせておくれ! さぁ、さぁ!」

王に急かされて、皆は苦笑しながら宴の小ホールへと向かった。


 小宴で隊員達は大いに飲み食いし、テクトでの宴よりずっと気楽に羽を伸ばした。やはりここが彼等の故郷であり、家なのである。大きな危機を乗り越え、無事に帰り着くことができたからこそ、明日、攻撃があるかもしれなくとも、尚のこと彼等は飲み、酔い潰れた。

 ソニアとアーサーだけは、敵側からの情報を得ているだけに心から笑うことが出来ず、成人してからはよく飲むようになったアーサーは、幾ら飲んでも今夜はなかなか酔えなかった。

「あぁ~! 明日はフィオナにかぶりつくぞォ!」

酔った勢いで、兵舎での会話のように、恋人や妻との楽しみをつい口にする者が多かった。遠征と激しい戦いの間、ずっとそうした触れ合いから遠ざかっていたのだ。

 恋人や妻を遠方の故郷に残して来ている者は、とても羨ましそうにしていた。今は常に厳戒体勢なので、何かあったときに必ずしも流星呪文術者が捉まるとは限らないから、帰省は許されておらず、会いに行くことは出来ない。

 想いを打ち明けられたばかりのソニアは、隊員が恋人への想いを溢しているのを聞くと、今までとは違って、アーサーのことが気になるようになった。彼も、こんな風に自分を見ているのだろうか? と。

 アーサーにとっては、彼女が単なる仲間とは違う視点で自分を意識してくれるようになることは前進であり、嬉しいはずなのに、彼は返って恥ずかしがって顔を背けていた。

 彼の熱い告白を思い出すと、胸がむず痒くなって頬が赤らむソニアだったが、酔いに紛れて目立たずに済んだ。

 それに、やはり一番気懸かりで心の大半を占めているのは、これから来る皇帝軍のことや、ゲオルグのこと、まだ姿を見せぬアイアスのこと、そして自分の謎についてだったので、長く胸を焦がせる燃料にはならなかった。

 照れながらも、一度打ち明けた強みから、アーサーは明日のことを尋ねてきた。

「お前……明日は何処にも出ないつもりか?」

役職的に2人はいつも上座であり、しかも気を遣って隣り合うように座らされることが多いから、今夜もただ横を向くだけで、ひそひそと会話が出来た。

「……うん。心配で離れられないもの。働いていると思われない程度に見回って、様子を窺うつもり。でも……あなたは家に行った方がいいわ。今の内に。もう暫く会っていないんでしょう? お母様やミンナと」

 大戦が始まって以来、彼は城に釘付けで、殆ど休暇も取らずに来ていたのだ。アーサーは納得半分、不満半分の顔で俯いた。

「……あんな事を知らされてなきゃ……お前と2人で行きたかった」

彼が《2人で行く》という事以上のものを望んでいるのは解っていたが、それを特に嬉しくも重荷にも感じず、ソニアはただ素直に、長年の知人に会えないことを残念に思った。仕事仲間であり幼馴染みである彼女のことを、彼の母も妹もとても良くしてくれているのだ。

「今度ゆっくり会える機会がいつあるかなんて分からないもの。2人の為にも、家族だけで過ごしてらっしゃい。私からも宜しくと言っていたと伝えておいてね」

アーサーは無言で頷いた。何だかしょんぼりしている彼の背中を叩いて、ソニアは微笑んだ。

「……会える家族がいるなんて、羨ましいよ」

知ったばかりの彼女の素姓から、その言葉の深い意味を察し、アーサーはハッとして目を合わせた。それほど感傷的でもない様子で、ソニアは温かく笑んでいた。

「私にとっては、この城が家で、国王陛下がお父様のようなものだから、ここでゆっくりするわ。普段は出来ないお喋りをして過ごすのもいいし」

彼は少し納得して、同じように彼女の背を叩いた。

「母さんやミンナは……お前の家族だと思ってくれていいんだからな。向こうは、そう思ってる。……オレが言った……あの事は抜きでもな」

「……ありがとう、嬉しいよ」

 互いの秘密を打ち明けたことで、これまでの関係が悪化することを恐れる不安にチクチクと刺されながら、どうしてもギクシャクと双方が様子を見ていたが、時間が経っても、まだその徴候はなかった。2人は拳を突き合わせて微笑んだ。

 2人共が、最低でも、この友情だけは失いたくないと願っていた。

 翌日が休暇とあって、多くの者が遅くまで宴を楽しみ、それから(ねぐら)に戻って、近日にない安眠を貪った。


 翌日、予想通り宴会組の朝は遅くなり、二日酔いの者も多くて、城下街にいる家族や恋人に会いに行く者達は、城を出る際に笑われながら見送られた。ブツクサ言いながらも、行く所のある者達はどうしても顔がニヤけていた。

 ソニアは、その光景を城の窓から可笑しく眺めて楽しんだ。

 そして、アーサーが平服でジタンに乗って裏門に差しかかった時、さすがと言うべきか、彼は彼女の視線を過たず見抜き、左後方を振り返って見上げ、手を振り合った。

 彼が城外へ出て行くのを見届けてから、ソニアも平服で城内での休暇を過ごし始めた。

 朝一番で侍女に伝言を頼んで、王の暇な時に談話がしたいと告げたところ、王からの快い返事がすぐに返ってきていたので、のんびり朝食を摂ってから(しかし、のんびりしている様に見せかけて心中穏やかではなかったが)ソニアは王室へと向かった。

 城内で鎧甲冑姿以外の格好をしている彼女を滅多に目にすることがない者達は、驚き、目を見張って、彼女の後ろ姿を追った。仕事をしていると見られると王に報告されかねなかったので、兵士らしい戦闘服すら着ず、しかも高官らしい派手な服でもないシンプルなワンピースを纏っていたので、ファン達は色めき立った。

 亜熱帯の国らしいスリットの深い緑色のワンピースは彼女にとてもよく合っており、待っていた王達を喜ばせた。扉の開け放たれていた歓迎ぶりからしても、王は彼女とのお喋りを待ち望んでいたようである。

「――――――おぉ! おぉ! 戦人(いくさびと)の姿しか見とらんから、目が覚めるようじゃ! たまにはその様な姿も良いのう!」

「これなら、働いているようには見えませんでしょう?」

 王は笑いながら手招きして、自分の隣にある椅子に彼女を座らせた。茶卓やらチェステーブルやらが色々と用意されている。不規則に訪れる幹部や使者に対応しつつ、ずっとここで一緒に時間を過ごそうというのだ。

 王は、必要のない時には衛兵や書記官、侍女を皆下がらせて、2人きりで楽しもうとした。訪問者はその都度入ってくれば良いし、必要な時には呼び鈴で呼べばいい。それに、彼女が側にいれば、それ以上の護衛者などいなかった。

 王は、昨晩中には彼女から聞くことのできなかったテクトでの詳しい話を聞きたがり、のんびりチェスとワインを楽しみながら(王の場合は薬酒だが)、事細かに出来事を語らせた。

 王妃が王の体を気遣って度々様子を見に来たり、話に加わったりもしたが、話の進みものんびりとしていたので中断された感はなく、その時、その時でやって来た者との会話を楽しんだ。王が機嫌良くしていれば、王妃も嬉しそうだった。

「まぁ、まぁ、ソニアが帰って来たら、すっかりお加減までよろしくなって、解り易いこと」

王の顔色は本当に大分良くなっていた。王は「守護天使は病も撃退してくれるのだ」と、にこやかに言った。ソニアは「まさか」と笑ったが、王が元気なのは嬉しく思った。

 仕事抜きで彼女と話せる機会の少ない幹部連も、ここぞと訪れて話に加わったりしたので、テクトでの一部始終が語られるのには丸一日かかりそうだった。

 世界情勢を伝える使者が訪れる度、相変わらず世界の何処かでは戦が起こっていることを知り、敢えて重くならぬよう気を払っていた会話も一時沈痛なものになった。

 ソニアは異変がないか、また、そんなことが起きそうな兆しはないか、あらゆる感覚を外世界にも向けて王との時間を過ごしていたが、今のところ、そのような戦気は何も感じられなかった。

 彼女が偶に遠い目をして、そうした勘を働かせる度に、王はそんな姿をチラリと見て彼女のしていることを理解していた。

「……若い、若い、というのが、そなたがその地位にいることの唯一の批判じゃったが……、そのようなことも、もはやあるまいな。異国にてとは言え、こうして歴代の将以上の成果を上げて帰って来たのじゃ。これまでの武勲にも申し分ないが、これで、そなたの地位は揺るぎないものとなったじゃろう。……嬉しいことじゃ。そなたがそうして健やかである限り、この城にいてくれるのじゃからな」

王は十分に時間をかけて騎士(ナイト)の駒を動かし、そう言った。王の方が積極的に攻撃を仕掛けるやんちゃなスタイルで、ソニアの方がむしろ守りに徹していた。ゲームと実生活とは、どうも相反するらしい。ソニアは「そう言って頂けて光栄です」と微笑し、彼女の好みを知る王が淹れさせた、果汁をブレンドした茶を口に含んだ。

「……ワシも、テクト王のお考えに賛成じゃな。その謎の魔法は、おそらくそなたの力の故であろう」

「まぁ……王様までそんなことを?」

今は、聖域魔方陣『バル・クリアー』の話をしていたところだ。この戦いの佳境である。

「知らせを受けてから、ワシなりにも調べてみたのじゃよ。報告された現象といい、それが最もすんなりいく説明なのじゃ。

 魔術師養成学校のことは、そなたはあまり知らんかな? ……あそこには、日々魔術訓練を行う子供や若者達が寄宿しておるが、時々、極稀にあるのじゃよ。まだまだずっと先の難易度の魔法を偶然に放つ者がな。しかもそれっきり、何年も掛けて修練を積むまではずっと出来ないか、或いは、二度と出来ない者もいるのだ。不思議なものじゃよ。魔法というものは」

このトライア王は、代々の家系通り魔術の才があって、王でありながら魔術師でもあった。だから、ソニアよりも魔法学に造詣が深いのだ。

 城都の魔術師養成学校と言えば、かつてソニアがデルフィー時代に進学を薦められていた魔法の英才教育学校である。彼女を説得しようとする大人たちの顔が浮かんで、ソニアはふと懐かしく思った。

「そなたの申す事故(・・)とやらも……それなのではないかな? そなたなら、『バル・クリアー』の可能性を秘めていると考えてもおかしくはない。これがもしアーサーだったら、違う理由を考えなければならんがな」

それには、ついソニアも笑ってしまった。彼は典型的な戦士タイプの人間だ。

「……のう、ソニアよ。悪意なく質問することを予め断っておくぞ。そなたは一体……何者なのじゃ? 昔から不思議でしょうがなかった」

ソニアは目に見えてギクリとし、王を凝視した。確かに、王の目に負の色はない。

 王がこんなに直球でこの問題について尋ねてきたことは、これまでになかった。《ソニアは特別なのだ》、《並みの人間で敵うものか》などの発言はよく耳にしてきたが、人間と思っていない素振までは見せていなかったのだ。

 既にアーサーと語らった後だけに、最大衝撃にはならなかったが、それでもドクンと心臓が痛みを伴って打ったきり、止まってしまったように感じられた。

「……言いたくなければ、無理にとは言わん。例えそなたが誰であろうと、このトライアの国軍隊長、ワシが最も信頼する臣下であり、愛娘同然のソニアに変わりはない。それだけは、よく覚えておいておくれ。だが……テクトから戻ってより、そなたはどうも、これまでとは様子が違う。向こうで何かあったのか?」

愛娘と宣言しているだけのことはある父親らしい鋭さに、ソニアは感心させられた。

 普段は人と話をしている時に自分から目を逸らすことはない彼女だが、これ以上見ていられず、ふと顔を背け俯いてしまい、王にありありと悩みの存在が伝わってしまったのだった。

 王はソニアの手を取った。握られていた僧侶(ビショップ)がコロリと落ちた。

「……子に恵まれなかったワシにとって、そなたは真の娘のように思えてならん。そんなそなたを……どうしてワシが退けようか? ……例え何か素姓が判ったからといって、ワシのそなたに対する心に変わりはないのだよ。何かあったのなら……ワシを信じて、打ち明けてはくれぬか? 一人で悩むでないぞ」

 ソニアは前々からこの王を慕って、この世の父と思い仕えて来たが、今ほど、本当に素晴らしい人に巡り会えた喜びを感じたことはなかった。そして、父に甘えるように胸が疼いて瞳が潤んだ。

 自分の抱えている不安は、ややもすると国に危機をもたらしかねない一面を持っている。だからこそ、アーサーは内緒にしようと言ってくれた。しかし、自分をここまで良くしてくれる王にだけは、立場の責任上話しておかなければならないだろう。

 ソニアは覚悟を決めた。

「……王様、私……場合によっては、この国にいられなくなるかもしれない事を告白します。最近、気づいたばかりの事です」

王の手の力が強まり、息を潜めたのが伝わった。今の前置きだけでもショックだったらしい。病み上がりの王にこんな事を伝えて大丈夫だろうかと心配しつつも、もう引き下がる訳には行かず、ソニアは顔を上げて王の目を見た。今は父の顔をしている。

「……私……私……もしかしたら、異種族の血が入っているのかもしれません」

その事には、《この国にいられなくなる》という言葉ほどの衝撃は受けなかったようで、彼の顔は次第に王のものへと変わっていった。

 そのことに安心して、ソニアは続けた。テクトでの戦いで、敵将に《我々に近い》と言われたこと。そして、これこそ場合によっては刑罰ものだが、長年それとは知らずにヌスフェラートと付き合ってきて、その人物に《妹にならないか》と言われたことも伝えた。そして、今では本当にその人物が自分の兄なのではないかと思っている、ということも。

 幸い、その間は誰にも邪魔されずに、2人きりで一気に話してしまうことが出来た。

 王は冷静に全てを聞き、まるで嫌悪感を見せず、返って不安に苛まされる彼女を憐れむように温かく見守っていた。

 暫し沈黙した後、王はこう言った。

「……そなたは、まことトライアスの名に相応しいのう」

早速聞けた第一声が肯定的な言葉だったので、ソニアは少し胸が軽くなった。

「そのように異種族と躊躇わず触れ合い、そして親愛の情を持って交流できるのだから。……妃にも言えんが、実は今、その話を聞いて、ワシは嬉しく思うたぞ。敵対関係でなく、友好的に異なる者と出会えたなら……ワシも交流してみたいと思っていた。大概の者は、とんでもなこと事をと言うかもしれぬがな」

王は微笑んだ。

 何よりの言葉を聞いて、ソニアはみるみる頬が染まっていった。自分のことを話していたのに、異種族全体の話が出来るなんて!

「今までそなたに話したことがなかったが、ワシは、そなたがパンザグロス家の養女であることから、何やら訳ありだとは思っておった。ただの人の子を、英雄がわざわざ家名まで与えて守るであろうか? ともな。それがどうやら……その辺りのことに関係しているらしいの」

 ソニアは、思いの他、とうの昔に心構えが出来ていた王の度量の大きさに恐れを失い、当初そこまで話すつもりのなかった幼少時代の事まで話すべきかもしれないと考えた。

 そして、王の体を気遣いつつ、そっと話した。王はその間もずっと彼女の手を離さなかった。

 ソニアがこの国に住むことになった由来まで話し終えると、王は涙目で彼女の手を優しく摩ってやった。

「そうか……じゃからそなたは……トライアスの言葉をそれほどまでに……」

この間も、誰も部屋に来なかったのは奇跡的だった。ちょうど各官僚達は各々の部屋で忙しく打ち合わせている時間だったようだ。

 王が更に何と言うかソニアは気になったが、王は微笑んでこう言った。

「そなたは……天から授かりしワシの子供じゃ。舞い降りる場所を間違えたのじゃろう。初めからワシらの手の中に降りてくれば、それほど苦しまなかったろうものを……」

ソニアの目から思わず涙が零れて頬を伝った。そこまで言ってくれる王に、心から、父に抱く情愛を感じて胸が熱くなった。

「……この事を知っているのは、ワシだけか?」

ソニアは慎重になって眉を顰めた。

「他に誰か味方がいるのか知りたいだけじゃ。心配は要らぬ」

 ソニアは王を信じて、つい先日、アーサーにだけ打ち明けたことを告げた。

「それで……それで、あ奴は何と言ったのじゃ?」

「……まだ何も確かなことは解らないから、黙っていようって……。国の為にも、まだ私がいた方がいいって……。彼は優しい人です」

王も満足そうに頷いた。お気に入りの闘士の成績に顔を綻ばせるファンのようだ。

「良い臣下を持って、ワシは真に嬉しく思うぞ。あ奴は大した男じゃ。……ワシもアーサーと同意見じゃよ。まだ大半の者はこのような話を受け入れかねるであろう。それに、何も確かな証拠はない。……ワシらだけの秘密にして、心にそっとしまっておこうではないか」

「……王様……」

王は尚も頷き微笑みながら、ソニアの手を撫でた。

「さあ、本当のことが判る時まで、そなたは今まで通りのソニアじゃ。判らなくても良いし、例え判っても、これからもずっとソニアじゃ。……それで良いではないか。ゆっくり考えて、そのうち真実を知る時が来れば、その時こそ更に深く検討しよう。今は……そんなに急いで己に問い詰めることはないぞ」

 ギリギリまで足止めを食らっていたかのように、その時ようやく財務長官がやって来た。何やら2人共が涙目で話しているので、ギョッとして固まってしまったが、2人は邪魔が来たというような険悪な顔は少しも見せず、むしろ涙を拭いながら微笑んで初老の彼を迎え入れた。

「どうした? ジカンよ、何を突っ立っておる。何の知らせかな?」

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