第4部31章『堕天使』4
魔法による治療で狂気から醒め、ムクリと起き上がり始めている者が何体かいた。ルークスはそんな者達に近づいて行った。正気に戻っているから、目の前の人物が敵ではないことが理解でき、竜はただジッとルークスを凝視する。
ルークスは雰囲気でも自分が味方であることを示しながら、もっと近づいて行き、心で竜に問いかけた。今回の騒動を覚えているか、と。竜は覚えているらしく、先程の光景を彼に見せてきた。イメージが頭の中に伝わってくるのだ。
そこで今度は、何がきっかけで、そうなったのかを覚えているかと問うた。混沌だけが伝わってきたので、どうやら全く解らないらしい。同じようにして、目覚めた他の数体にも問いかけてみたが、結果は同じだった。
ルークスは諦めずに全ての竜を回って行った。一体一体に何かをしたのではなく、最初の一回だけ何かを起こして、後は連鎖的に広がっていったということも考えられる。もしそうだったら、その最初の一回を覚えている者が一体でもいればいいのだ。
総数にするとかなりのものだが、激しい戦闘後の休養を兼ねてゆっくりと回っていく分には、それほど大変ではなかった。中には目覚めた後もパニックを引きずっている者がいるので、それらを慰め落ち着かせながらの作業となる。
竜同士の衝突であるから、中には死んでしまった個体もある。戦地に行ったわけでもないのに、しかも戦地であったとしても、そうそう簡単に死ぬようなことはない強靭な生命なのに、それがこんな卑劣な陰謀によって傷つけられ命を奪われたというのが実に腹立たしい。ルークスは竜の亡骸を見つめながらそう思った。
ヌスフェラートの魔術師達が一応呼び戻しを試してくれているが、結果は捗々しくないようだ。不思議なものなのだが、動物に呼び戻しを行ってもあまり生還することがないのが地上世界・地下世界共通の現象で、人型の知的生命体の方が呼び戻しによって生き返る確率が高い。そして何故か竜は呼び戻しの成果があまりない方に属している。竜人になると格段に成功率は上がるのだが、普通の竜は動物と同じ部類に属しているらしい。それでも、少しでもこの貴重な生命が復活して欲しいものだとルークスは願った。
そうして竜達に問いかけながら巡り歩くうちに、ルークスはようやくそれらしき記憶を持つ者に辿り着いた。それは大型の翼竜で、このような記憶の断片をルークスに見せたのである。
このヴィア=セラーゴに集合してヴォルトの指令を待っている竜達の面々。その中にこの竜もいる。普段はこのように他種混合で一地域に集まることなどないから、皆が緊張でピリピリとしている状態だ。この竜はそんな集団の端の方にいる。
ふと、何者かが自分に触れたので、その竜はビクリとして後ろ足を振り返り見た。すると、そこにはよく解らないマント姿の人物がいる。そして、そこからプッツリと記憶が途切れていた。
これだ、とルークスは思った。だが、竜の見せたこのヴィジョンからでは、どのような人物かまでは特定できなかった。マントのフードを目深に被っているので、人間なのか、そうではないのか、どの種族なのかが不明なのだ。ヴィア=セラーゴにいるヌスフェラートをはじめとした兵士達はこの様な扮装はしないので不審者であることは確かであるが、どんな手を使ったのか、それら全てはまだ謎のままだ。
ルークスはヴォルトを呼び説明をして、その竜のヴィジョンを見てもらった。
「……何者でしょうか?」
「……わからん。だが、これで怪しい人物がいたことの証明はできるな」
ヴォルトは内部調査班にもこの事を伝えて、竜と意思疎通できる者にヴィジョンを見てもらい、検分するように願った。
「カーン皇帝が直々に出陣を中止するように命じられたのであれば……今後はどうなさるつもりですか?」
「……いずれにしても、一度皇帝と話をしてみる。せっかくここまで竜達を集わせたところであるからな。竜の状態を見て、意気も落ちていないようであれば、やはり出陣ということになるかもしれん」
ちょうど竜達全てが落ち着いたところで、犯人らしき者の存在も確かめられ、妨害があった可能性が格段に高まったので、ここでヴォルトは一旦皇帝に会いに行くことになった。
ふと見れば、獣王大隊長のラジャマハリオンが来ている。自分が気の進まないところを汲み取って出陣を請け負ってくれたヴォルトの出発を見送るつもりであったのだが、今回このようなことになったものだから、かなり申し訳なく思っているようだった。
普段は滅多に見ることのないヴォルトの弟子のことを興味深げに見つめ、ヴォルトに対するのと同じように敬意を込めて軽く会釈する。勿論ルークスは、それ以上の敬意を込めた深いお辞儀をした。ヴォルトの友は、ヴォルトと同格に扱わなければならない。
そうして2人は連れ立って皇帝の居城へと向かって行った。残されたルークスは引き続き調査の役目を追う。