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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』52

 少し進んですぐ、今度はソニアが彼を押さえて踏みとどまらせた。彼は激しく抗う。

「こんな所に……君を置いていけない……! 死ぬと解っていて、どうして……」

ソニアは彼から離れ、涙を零しながら頭を横に振った。

「君のような人を……どうして死なせることが……⁈ オレには……できない……! できない……!」

彼は手を伸ばすのだが、彼女が後退るので触れることができず、また頭を抱え、崖に寄って拳で叩き始めた。混乱したまま何度もその場を回り、自らの腕を掻きむしって、顔にも爪を食い込ませた。

 追いつめられていくほどに彼の震えは酷くなり、自傷的な振る舞いに変わっていった。ソニアの胸は張り裂けそうになった。

「ああ……! 止めて……! ルークス!」

ソニアは彼を押さえつけるように力強く抱き締めて、何度も彼の名を呼んだ。どうやって彼の混乱を宥め、鎮めればいいのか見当もつかない。

 荒い息も、悲痛な叫びも、流れる血も全て、彼の中に隠れていた傷の深さ、愛の深さが表面に顕れ取った別な形なのだ。既に決めて覚悟しているはずだった、2人それぞれが取るべき道は、今の彼には無意味なことだった。

 ソニアもまた、こんなに傷だらけの、しかも自分と同じ種類の傷を負ってボロボロになっている彼を置き去りにして自分の世界へ戻ることはできなかった。どうすればいいのか解らず、アイアスや母やアーサーに心の中で助けを求めてみても、何も見えてこず、ソニアは彼をそうして抱き締め続け、守り、受け入れることくらいしかできなかった。

 彼女に抱かれているうちは彼の自傷行為も激しくなくなったが、それでも身体の震えだけはどうにも止まらなかった。

「殺せ……! こんな卑怯者は死ぬべきだ……! オレは……オレは……」

その叫びはソニアに対してではなく、闇の中にいる死神に向けられていた。

 言葉が彼自身をもっと傷つけてしまいそうに思えてソニアは唇で彼の口を塞いだ。彼女から伝わる慰めに気が遠のきながらも、彼は初めて彼女を突き放し、そんな資格はないとばかりに頭を振り、そのまま俯いて頭を掻きむしった。

 それでもソニアは再び彼を抱き、彼女にしては強引に口づけをした。はじめのうちは抗いそうになった彼も、今度はそうできずに慰めを味わってしまった。

 ひとしきり顔を見合わせると、そこには憎しみと忠義と愛の狭間で苦しみ溺れている哀れな若者と、同じく狭間で苦しみながらも、彼の傷をどうにかして癒したい娘とがいた。

 もう一度ソニアはキスをした。今度はもう、彼にも抵抗の気配はなかった。無我夢中で彼を押し留めるうちに風が生まれ、そこに僅かな光の粒が混じり、流れた。

「あなたは、とても価値のある人よ……! 私はそれを知っている……! 死神に、あなたを連れ去る権利はない……!」

 そしてもう一度、また一度とキスをするにつれて、蛍よりも雪よりも小さな光の粒が、ほんの僅かずつ彼の中に流れていき、彼のエネルギー方向が、捻じれ曲がった自傷から目の前のソニアへと向きを変えていった。

 逆にその分、彼女の方には彼の果てしない混乱と苦悩が流れ、混ざり合い、尚更彼を離せなくなった。

 彼が混乱のままに彼女を力強く抱き、離れぬよう掴まえているうちに2人の気は遠のき、この混乱や苦しみがどちらのものなのか次第に判らなくなり、やがてはどちらがどちらなのかも判らなくなっていった。

 深い暗闇に包まれた森の中で、ソニアが辛うじて意識できたこと、それだけでいっぱいだった想いは、彼を闇に渡さぬよう掴まえていることと、彼を癒したい、ということだった。


 2人を見失ってから、ディスカスは更に2体の監視を森に飛ばして捜索させた。だが、この監視達はあまり暗闇が得意でない。今夜が満月で既に空にその姿を現していながらも、一度闇の中に見失った者を発見するのは困難だった。暗視モードに切り替えたり、熱監視モードに切り替えてみたりと色々試すのだが、森には他にも獣がいるし、木の陰になっていたりすると熱線が遮られたりするので、発見と特定は難しかった。こんなことならば、最初から熱感知型と暗視型とを混ぜて配置しておくのだったとディスカスは後悔したが、仕方のないことである。

 そこで彼は自身も暗視型の目で捜索に加わるべく城を出て、森に向かった。ソニアの身に危険なことが起きているのかは今の段階では判らないし急ぐので、アーサーや姿の見えないセルツァに知らせる手間は省いた。


 セルツァは、今朝2人が待ち合わせた場所が望める離れた大樹の上から、無事に2人が街から戻って来るのを見届けていたが、青い光が放たれた後、あっという間に2人が何処かに姿を消してからは、そのあまりの速さに見失ってしまっていた。

 ソニアに危害が及ぶことはあるまいと思っているので、ディスカスほど焦ってはいなかったが、それでも2人を探そうと森の上を飛んだ。


 暗い道を一人戻っていく追跡者は、このまま城に行って、この大変な知らせをすぐに誰かに伝えるべきか、それとも違う方法を取るべきか考えあぐねながら怒りに打ち震え、熱い涙を零した。想い人は、この事を知っているのだろうか? 何も知らされずに相手を人間だと思い込んでいるのだろうか?

 だとしたら……これは酷い裏切りだ。彼だけでなく、この自分や、国に対しても。


 城下街は夜になって一層の盛り上がりを見せ、楽隊の音楽で溢れている。その中で大勢の若者達が灯の眩しい広場や川辺で歌い、踊り、笑い合った。

 昨夜もここで同じように踊り明かした黒髪の少女と恋人の青年も、今夜再び現れて輝きの中に加わり、夜を舞い、漂った。

 世界を覆う危機を、この一時忘れることに成功した、こうした多くの若者達が街をいつまでも活気づかせ、今ここに自分が生きていることを証明し、主張するかの如く腕を広げ、歓声を上げ、熱を放った。

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