第4部30章『トライア祭』51
何が起こったのか解らぬソニアは一瞬取り乱したが、それが点滅して次第に光を強めていくのを知った時、ようやく光源を探す気になって辺りを見回した。
探すまでもなく、そこには光る石を手にして固まっているルークスがいた。光っていたのは、例の呼石という魔法具だったのだ。よく見れば、彼の手の中で石は振動もしていた。
彼は暫く呆然とそれに見入っていたが、ややあってハッと我に返り、その石を怖れるかのように傍らの上着で包んで覆い隠してしまい、肩を震わせた。布の下ではまだ青い光が明滅を繰り返して、今では不思議な和音まで微かに発している。光と振動と音で、懸命に何かを知らせようとしている。
誰にも見られたり聞かれたりしないよう、彼は閉じ込めるかのようにギュッとそれを抱きしめ、身体を折って全身を震わせた。そして額を押し付け、盛んに首を振る。
「ルークス……」
どうしていいか解らず、それでもこの事態の意味を察したソニアは、自身も恐怖に背筋を震わせて、ただ彼を見ていた。
暫くして光と音が落ち着き始めた時、彼は急に立ち上がって、それを包みごと叢に置き去りにし、震える手でソニアの腕を強く引き、走り出した。震えているのに、掴むその手の強さは有無を言わせぬもので、彼女を離さず、闇の森の中を逃げるように闇雲に物凄い速さで駆け抜けていった。腕を引かれているとはいえ、彼女でなければこのようにしてついて行くことはできなかっただろう。
強引に立ち止まることもできたが、そうすることもできず、ただ握った手から伝わってくる彼の苦痛と混乱がソニアから抵抗する力を削いで、されるがままついて行くことしかできなくなっていた。
闇に隠れて2人の姿を盗み見ていた追跡者は、青い光の中で照らし出された2人が、思った通りの人物であることを認め、怒りと困惑に打ち震えて動き出すことができず、森の中で一人立ち尽くした。
ひっそりと監視を続けていた3体の密偵は、森の暗闇に2人が飛び込んでしまったのと、あまりに突然で速く去ってしまったものだから、2人のことを完全に見失った。直前行動から察するにソニアに危害を加えるような状況ではないだろうと見て取るものの、この知らせを受けたディスカスは驚いて引き続き3体に2人の捜索を急がせた。
風のように速く、子供のように滅茶苦茶に走り続けた2人は、とある場所で崖に道を塞がれて足を止めた。気持ちはまだ走ることを止めていないルークスは、頭を抱えて右へ行こうか左へ行こうか辺りを見回し、鳴き声のように悲痛な息を切らせて、その場をグルグルと回り、混乱ぶりを曝け出した。ソニアはそんな彼を見ていられず、肩を抱いて落ち着かせようとした。
「ルークス……! ルークス……!」
彼はようやく彼女と目を合わせ、その姿を認めると、震える両手で彼女の顔を掴んだ。
「来てしまった……! 来てしまったんだ……! その時が……!」
彼の瞳は激しく揺れ、今にも崩れてしまいそうだ。ソニアも気が動転してはいるが、彼の姿を見て、こんなに取り乱し気も狂わんばかりにしているのは、彼の幼少時代の事件以来……いや、もしかして生まれて初めてなのではないかと思うくらいの余裕がまだあった。
普段あれほど紳士らしく、また冷静沈着な騎士らしくあろうとしている彼が、こんな姿を見せるのは、それ相応の、本当に余程のことなのである。
「あの光は……それに音は……オレを緊急に呼び出す時のサインなんだ……! ただ襲撃を知らせるだけじゃなくて、どうしてかオレのことを呼んでいる……! オレを呼び出す必要があるなんて、きっと軍隊の統率に手間取っているんだ……! もう出陣は間近で、オレにもやはり一部を統率させたいんだ……! そうとしか思えない……!」
普通とは違うらしいとは感じていたが、言葉にされてソニアの胸も激しく動揺した。彼の声が涙で掠れる。2人とも泣いていた。
「ここにいちゃいけない……! ここにいちゃ……」
彼はソニアを抱き、その言葉を繰り返しながら、また走り出そうとした。