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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』48

 2人が動き出すのを見計らって、観光客のフリをしながら観察を続けていた人影も、後を追うようにして動き始めた。普段、尾行などということをする機会のない素人なのだが、なかなかに身を隠すのが巧く、2人の方も他のことに気を取られて一杯の様子だから少しも気付かずに、この人物の尾行を許していた。

 街の明かりに一瞬浮かび上がった人影は、真鍮製の仮面を被り、濃紺のマントとフードを身に纏った姿をしていた。男に声を掛けられる面倒を避ける為に、こうした怪人のような出で立ちで男性を装っていたが、果たしてその中身は女性であった。

 数日前、この女性は自分も祭用の衣装を用意しようと、とある服飾店を訪れていた。そこで新しいデザインのワンピースなどを見ていると、ある男が客として現れ、店員に2人分の男女の衣装を注文したので、近くにいた彼女は何となくその内容を聞いていたのである。

 注文内容からすると、それは明らかにその男よりも背の高い人物2人の為に用意する物のようだった。かなり無愛想で暗い印象のその男が、他人の為に買い物に来ているのだから、金持ちの召使いか、何処ぞの職人の弟子が主人の使いで来たのだろうかと、彼女は何となく考えたのだが、その時はその程度のことで終わった。

 店員がその男の注文に適う品を探している間に、彼女の方が先にお気に入りの品を見つけ、それが何点かあったから、少し考える時間を取ってみようと店を一旦出たところ、すぐ側の乾物屋の前で知り合いの婦人と出会ったので世間話をして笑い合っているうちに、先程の男がようやく品を詰めた袋を下げて店を出てきたのだった。

 すると、通り過ぎていくその男を見た、そのご婦人が、ああ、あれは軍隊長様付きの新しい従者だと言うので、彼女は大いに驚いて、先程耳にしたことに注目するに至ったのである。

 軍隊長が従者を使いに出して、わざわざ2人分、しかも片方は軍隊長本人用だと考えておかしくない高身長カップル向けの衣装を用意するなんて。しかもお忍び目的が重要視されているデザインを要求していた。そんなことは、これまで考えられなかったことである。

 軍隊長と一番噂になってる近衛兵隊長は、一緒に祭を見られるはずのないシフトだと聞いているし、例年そうであった。それに唯一人だという、この従者が相手ではないことも注文内容から明らかである。サイズが全く合っていないのだから。

 このご婦人は、城勤めの長い専属の散髪師であり、住居はこの城下街に構えているのだが、一日置きに入城して兵士等の頭を刈り上げたり整えたりしている。それで従者のことを知っていたのであるが、この婦人がたまたまここにいなかったら、気が付くこともなかったであろう偶然だった。

 彼女は注文内容をよく覚えていたし、仮面を従者自身が選んでいるところも見ていたので、どんなデザインに決めたのかも知っていた。だから、それらしき物を着た人物を見れば、注文と照らし合わせて判別できるに違いないと彼女は思ったのである。

 軍隊長が用意したこの衣装を着る相手は、近衛兵隊長でもなく従者でもなく、きっと例の第三の男に違いない。近衛兵隊長を悩ませ、あの類稀な軍隊長を奪わんとしている、とんでもない男。それがどれ程の者なのか、この目で見てやろうではないか。彼女はその時、そう誓ったのだった。

 そして彼女は、自分自身も正体がバレぬよう、当初検討していたワンピースは止めて男に扮する衣装を用意し、若い娘を物色するが如く危険な雰囲気を漂わせながら、今日一日を街中うねり歩いていたのである。男装したのは、男に声を掛けられて捕まっていると、追跡の足止めとなってしまうからだ。

 軍隊長が珍しく祭の為に一日中休暇を取ったという今日この日を、それらしき2人組の姿がないか探し求めて彷徨う中、男装がバレることもなく彼女は順調に街中の散策ができた。

 だが、これだというものには巡り会わずにいるうちに早くも夕刻になって、彼女は疲労感と虚しさでいっぱいになり、諦めようかと考えた。するとその時、裏通りを歩く2人組が目に留まり、ようやく条件に一致する相手を見つけたものだから、一瞬で執念の炎が蘇り、追跡を開始したのだった。

 衣装は従者の注文通り、全身を隙間なく覆っているし、色調も明るい。仮面も、あの従者が選んだ物と同じように見えた。後は声を聞き、何を話しているのかが判れば確信が持てると思い、彼女は何やら占いを始めた2人の側に近寄って、ずっと耳を傾けていた。

 会話は殆ど小声であるし、どんな話をしているのか聞き取ることもできなかったが、時折聞こえてくる女性の声は記憶にある軍隊長のものに似ていると思ったし、相性占いの時はそれほど占い師の方が声を落としていなかったので、聞こえてきたところによれば、女性の方は“真の戦士”と言われ、それについて男女2人共が抵抗感なく受け流しているのを見ていた。可能性は高い。

 仮面の男は近衛兵隊長と同じくらいに背が高く、衣装のせいで体のラインがハッキリとはしないものの、貧弱そうであったり太っているような様子はなかった。歩く所作などのちょっとした所に見られる身のこなしからして、身体のキレはとてもいいように思われる。あの軍隊長に畏れ多くも言い迫り、受け入れられているのだから、その辺のつまらない優男ではないだろう。きっと戦士なのだ。彼女はそう思い、姿がハッキリとしないからこそ、じれったくて、ますます正体を見極め、その目で確かめないわけにはいかなくなった。

 占いの終盤は、何とも不穏な様子で占い師と2人とが顔を近づけて話にのめり込んでいた。とても悪い事を告げられているのか、この辺りの話は声を落とし過ぎていて、全く聞こえない。女性の方が占い師の手を握って何かお願いしていたり、占い師がそれに弱ったり、男性の方が台を叩いてみたりなど、かなり深刻そうだった。

 占いを終えた2人は立ち上がり、足早にそこを離れて行こうとする。占い師がその2人に向かって希望を忘れるなと言葉を投げかけた。やはり、絶望するようなことを告げられたらしい。街頭の占いでは珍しいことだ。お2人の関係は長続きしませんよとでも言われたのだろうか?

 とにかく2人を見失わぬよう、彼女は必死で後を追った。

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