第4部30章『トライア祭』47
「この国の方々を占う度に……死を表す“死神”や、敗走や流浪を示す“流浪の民”のカードが出るのです。あなた方には、少し違った形で表れていますが……」
「……どのように滅ぼされるのか……解っていたら教えてください。他の方が言っていることでもいいので」
冷静だが沈痛な声でソニアは訊いた。ルークスが彼女の顔を覗き込んでみると、彼女は煉獄や廃墟のカードから目が離せずにおり、彼と重ねている手を握る力を強めた。
「どのように……と言いますと……」
「……どんな者が来て、この国に何が起こって……そして最後にどんなことになるのか……そういう具体的なことです」
占い師も同じように煉獄や廃墟のカードを見て、吐息の代わりに今度は鼻息をついた。
「……多くの方の結果を総合して見るに……“堕天使”、守護天使の失墜、或いは堕天使の襲来。……そして“煉獄”、火による終末。……“死神”か“流浪の民”で表される死か敗走……。“皇帝の死”、文字通り国王の死亡。……残された国土は“廃墟”や“荒野”が表す、その通りの土地になる。……これが今のところ見えている、概ねのシナリオです」
ソニアは目を閉じ、顔を上げた。まるでその光景を思い浮かべるように。ルークスはカードから顔を背けつつ、彼女の肩を抱いた。ソニアは、そんな彼の肩にそっと頭を凭せ掛けた。
彼女が暫く何も言わずにいると、今度はルークスの方が口を開いた。
「……オレ達のことは、どう出ている?」
他国のこととは言え、同じ人間として非常に痛ましく思っている口ぶりで占い師は答えた。
「……あなた方のご覚悟を見る限り、隠すことは無用と思われますが……私も少々混乱しておりまして……巧くお伝えすることができるかどうか、判断致しかねるところがございまして……」
「気遣いも何も要らん。そのまま読め」
ルークスは努めて抑えた様子で、あまり音を立てないようにして台をぴしゃりと叩いた。そして占い師を睨み、逃げられないような強さを込めて静かに言った。
「……オレ達は死ぬのか? 彼女も、オレも」
死刑執行の許可を得た執行人のように速やかに、しかし斧を振り下ろすことに慣れていないかのように震えた指で、占い師はただ左端の“死神”のカードを示した。
それで十分だった。
「そうか」とだけ言って席を立とうとするルークスを手振りで止め、占い師は慌てて続けた。
「お待ちください! まだ先があります!」
「先?」
占い師は一度咳払いをした。
「“死神”は、必ずしも“死”を意味するものではありません。“関係の終わり”ということもあります。もしお二人共がここで未来に死を示されていたとしたら、そのあとに続くカードと石は混沌とした意味不明の羅列になるはずなのですが……しかし、ここには流れが出来上がっている」
次々とカードを示し説明する占い師が展開するままに、ソニアもルークスもカードを目で追い、耳を傾けた。
「解釈し難いものもあるので抵抗がありましたが、そのまま直訳で申し上げます。12枚のカードは概ね時間の流れ通りに並んでおり、石は、どの段階が転換期であるのか、原因となる物事の起こる時期であるのか、その結果がいつ反映されるのか、といった因果性などを示します。
この順で見ていけば、第一期“死神”……お二人の別離、或いはどちらかの死。続いて第二期“堕天使”……守護者が失われるか、天使であるあなた方が追いつめられるか、堕天使の襲来。第三期“煉獄”……火による災難。――――こうして、流れを崩していないのです」
2人の様子を一度だけ窺って、話が飲み込めているかを確かめてから占い師は続けた。
「第四期“牢獄”……文字通りか、或いは自由の束縛。第五期“皇帝の死”……国王や主人など、目上の者の死。第六期“再生”……何かが甦る。第七期“流浪の民”……敗走か、行き場なく流浪する。第八期“戦争”……文字通りか、重要な争いごとが起きる。第九期“勝利”……その戦いに勝利する。第十期“復活”……何かが復活する。第十一期“審判”……ゴヤゴチャしていたことにケリがつく。そして、遠い未来や全体を統括して表す第十二期は“希望”……ここに、これが来るということは、とても重要です。約束された確実な未来ではないにしても、希望を捨てない限り、道はあるという徴なのです」
一度に言い切った占い師は、軽く運動した後のように少し息を切らせていた。それだけ、息つく間も惜しんで一気に説明したのである。
“希望”というカードは、その名称から想像するイメージよりも色調の暗い絵であり、暗闇の中で一番星を見上げるような羊飼いの少年が描かれていた。“再生”や“勝利’や“復活”の方が如何にも吉意らしい、明るく華やかな色調のものだったが、どうしてか二人共、その“希望”の方だけを、それに縋るようにして見続けた。
「とても入り組んでいるので、どのカードがお二人のどちらのことを示しているのかは判らないのですが、石との相関関係を見てみますと……“煉獄”の結果が“牢獄”であり、“再生”が“戦争”での“勝利”に重要であり、“復活”もまた……“審判”に欠かせないと表れています。そして、あのトリックスターは……やはり、この一番重要な第十二期“希望”と共にあります。つまり、運命は“希望”と共にあると……!」
2人はトリックスターと“希望”を見つめたまま、手をに強く握り合った。黒く輝く艶やかな色と暗い絵は、両方共がその色調のままに2人をそれほど勇気づけはしなかったが、それでも、ずっと未来の暗闇と不安に苦しんできた2人にとって、初めて聞いた救いの言葉であり、縋らずにはいられなかった。
溜め込んでいたものを吐き出せ、本来の告知者としての務めを果たせた占い師の目は爛々とし、上気して興奮を抑えるのがやっと、という状態にあった。話を聞いている2人の方がずっと静かで落ち着いている。
「お二人に今日ここでお会いして、これらをお伝えすることが、私の使命だったと思えてなりません……! 他の方々は“死神”で終わるか“流浪の民”の後、耐えて春を待つような内容ばかりだったのですが、あなた方には“再生”や“勝利”や“復活”がある。そしてトリックスターと共にある“希望”も……! どなたかは存じませんが、いずれ人々の運命を左右する地位にある方とお見受けいたします! ここまで話をすることになったのも、その為ではないでしょうか。お二人は、場合によってはお早くこの国から離れ、難を逃れた方がよろしいのでは……? 滅びを予見した占い師の多くが早々にこの地を立ち去っております。生き残り、傍観者として、この先の未来を見届ける為に。混乱が起きないように、誰も一般市民には話をしていないでしょう。ですから、知ったあなた方だけでも、お早くここを離れては……?」
ソニアは立ち上がった。合わせてルークスも立ち上がり、手を握り直した。
「それは……できません。ありがとう、占い師の方」
そして彼女はルークスの手を引いて歩き始めた。慌てて占い師は立ち上がり、後を追うようにして台を回り、去っていく2人の背中に向かって言った。
「――――どうか“希望”を! “希望”を……お忘れにならぬよう……!」
2人は一度も振り返らなかった。