第4部30章『トライア祭』46
今度はソニアが訊いた。
「相性のことは解りました。次は、そのカードの方の説明してください」
占い師は、彼女の指差した12枚のカードをチラとも見ずに、笑顔のままで首を振った。
「……ここは、ただの補足で、それほど参考にはなりません。気にしないでください。とにかく、お二人の相性が完璧だと解ったのだから、それでいいじゃないですか。それが一番だ」
笑顔でかわそうとする占い師に対して、ソニアは同じく微笑で応じた。ただ、目だけは何処までも真剣で、まるで射竦めるかのような強さで占い師を真っ直ぐに見つめた。そうせずにおれなかった。
「……良くないんですか? とても」
「そういうわけでは……」
占い師は、トリックスターによる印象的な出会いもさることながら、やはりどこか普通の人々とは違う雰囲気の2人に関心を示し、しかし戸惑いを見せた。どうすべきか考えあぐねるような様子で。
ソニアは台の上に手を載せて、やんわりと迫った。
「あなたのように、こうして街頭で占いに立つ方が人々を喜ばせる為に、敢えて不安要素や悪い事は言わないのは知っています。どうか、見たままに仰ってください。本当に、こんな時世ですもの。驚いたり騒いだり、あなたを非難したりはしませんから。聞きたいんです」
占い師は、ここでようやく12枚のカードを見下ろして目を閉じ、首を横に振った。
「いえ……、本当にこの部分はまるで調子が悪くて……」
「あなたにとって無意味に見えるのなら、それでも構いませんから、見えたままに説明してくれませんか?」
「……いやはや……」
占い師は本格的に困惑し、俯いてしまった。
一度ならず二度までも、ルークスが口を開いた。
「素人のオレ達でも、見るからに悪そうなのは解るんだ。一度見ちまったからには気になる。説明しろ。覚悟はできている」
祭の音楽が流れてくる裏通りは、夕闇が濃くなっていくにつれてランプの灯が浮き立ってきて、ますます幻想的な様相を強めていく。そんな御伽噺の世界にも思える色と光の中で、こんな冷たい話をしていることが、場違いな所にいる違和感を2人に抱かせ、それがこの世界から疎外されているような切なさを感じさせた。
占い師は2人の覚悟の程を確かめる為か、或いはどう切り抜けようと方法を見出そうとしてか、仮面を透かして、その奥にある人格を透視するように2人を何度も見比べ、またカードの並びに視線を落とした。
「調子が悪いというのは……もしかして……誰を占っても悪い未来が出ているということなのでは……?」
ソニアのその言葉に、幸福のメッセンジャーであるべき立場を弁えて一人秘密を抱えていた男の目に、ふと、それを解き放ちたい衝動の揺らぎが顕れた。だが、そこはプロらしく、すぐにポーカーフェイスの中に隠した。
だが、台に載せている自分の手をソニアに握られると、また素に戻った。
「……この国も、他の国々のように近く災難に見舞われることは覚悟しています。2人とも承知していますから、どうか本当のことを教えてください」
ソニアの手から自白剤でも流れ伝わってきたかのように、占い師は溜め息をつき、肩の力を落として観念してしまった。
「本気ですか……? こんな事を聞いたって……」
ソニアもルークスも、しっかりと頷いた。占い師はそれを見て、有り得ない、というように首を横に振りながら苦笑いをし、そしてまた吐息した。
「それなら……どうぞ貴公もそこにお座りください。大きな声では話せませんから」
この場合は仕方あるまいと納得したようで、一瞬だけ躊躇したものの、ルークスはソニアの隣にそっと腰を下ろした。台の下でソニアは彼の手を握り、彼もまた握り返して互いを掴まえていた。
占い師は周囲を見回してから、もう一度吐息し、遠い目をした。
「……この世界には、偽物も、いかさま師も沢山おります。占者としての才能を持った者でも、正しく見ることのできない時もあります。それなのに……よく私の話を聞こうなどと思いますな」
「あなたの相性占いは、とても妥当だと思いました。だから、その12枚のカードと石の意味についても、聞く価値があると考えたのです」
「……本来なら……光栄に思うべきなのでしょうが……」
占い師はようやく迷いを捨て、真剣な面持ちになり、真実を告げる占者の顔になって2人と向かい合った。とてもいい顔をしているから、この人の言うことは信用できるとソニアは思った。
「……この祭の為に、商売や修行などの目的で、実に様々な土地から同業者が集まっております。占い師は一匹狼が多いですから、こういう機会に同業者と情報交換などをして、何処の土地で景気が良いか、とか、最近はこういう客が多い、といったことを知ろうとします。不謹慎なことですが……面白いですよ。次に災害に見舞われる都市や国が何処なのか、それを見抜く卓越した玄人達の話を聞くのは。そういったことを察知するのは、我々のような種類の人間が最も早いですからね」
占い師は再び目を卓上に落とし、そして彼の左手端にある死神のカードばかりを見た。そして苦々しく目を細めた。
「私は前夜祭の折から、この場を頂いて営業しておりました。それから早二晩……。前夜祭の時からそうでしたが……信頼できる同業の知人や、初めて知り合った同業者の何人かと話をしてみると……皆が口を揃えて同じことを言うのです。同じことは……私のカードにも起きていました。この国に来てから、カードが悪い未来ばかりを示すのです」
2人も、黒い背景に浮かび上がる死神の眼窩を見つめた。骸骨がボロボロのマントを身に纏って鎌を手に握っている。典型的な死の象徴だ。
占い師は顔を上げ、今一度だけ躊躇いを見せて言った。
「本当に……聞きますか?」
苛立ちのこもった、急かすような頷きでソニアは先を促した。占い師はゴクリと唾を飲み込んだ。
「……解りました。明日なのか、一月先なのか、それは判りませんが……近い将来、この国は滅ぼされるでしょう」
沈黙が流れた。占い師の方が2人より前屈みになって積極的に小声で話をする格好になっている。
暫く反応を見ていたが、この2人がそれほど取り乱さずに、むしろあまり驚いていない様子だったものだから、占い師の方も次第に安心していった。この2人になら、同業者との会話並みに落ち着きながら冷静に未来の話ができるかもしれないと思い、先を続ける気になった。