第4部30章『トライア祭』44
なるべく人通りの少ない道を選びながら、ソニアはルークスの手を引いて街を去り始めた。家々にはランプやろうそくの炎が灯り、顔形や幾何学模様にくり抜かれた野菜の中にも火が灯され、光を落としている。夜が訪れたばかりの紫色の薄闇の中、それはとても幻想的な光景だった。
夜になっても人の数は衰えることなく、同じように人目を避けて二人だけの世界を楽しもうとする恋人達が多いので、何処へ行っても2人きりになれるということはない。そして、そんな恋人達を目当てに、其処彼処の街頭で花売りや占い師が出没していた。
そんな例に漏れず、酒場通りに近い裏道を歩くソニア達も、度々占い師達に声をかけられた。皆一様に、お二人の未来を占いませんか、と誘う。ソニアはそれらを軽い会釈でかわし続け通り過ぎて行ったが、とある占い師の前を通ろうとした際、些細なハプニングがあった。
その占い師は何もしていなかったのに、並べられた石の玉の1つが勝手に転がって台から落ち、ソニアの足元へと滑ってきたのである。
無視して通り過ぎることもできたが、彼女は立ち止まってしまい、占い師の方も拾おうと立ち上がりかけた恰好のまま、そこに固まってしまった。下手な芝居やからくりで客を取ろうとしている様子は微塵もなくて、その占い師の方もちょっと驚いて戸惑いを見せていた。
ソニアは少し考えてから石の玉を拾い、ゆっくりと歩み寄って占い師に差し出した。
「はい、どうぞ」
「これは……どうも」
恐縮して受け取る占い師は2人の姿を交互に見つめ、2人が去ろうとしかけた所で言った。
「あの……是非、占っていかれませんか? お代は結構ですから。拾って頂いたお礼です」
「いえ、結構です」
「そう言わずに是非……! 実は……今、落ちた石はトリックスターと言いまして――私は石とカードを使って占うのですが――その12個の石の中でも、運命的な事項を司るのが、この黒曜石トリックスターなんです。滅多に、あんな風に台から落ちるような代物ではないものですから、それで何やら運命的なものを感じまして……本当にお代は要りませんから、これも何かのご縁だと思って、如何ですか?」
「でも……」
ソニアは早くその場を去ろうとしていたのだが、逆にルークスの方が立ち止まって彼女に目配せをした。それが意外だったものだから、ソニアは驚いた。
彼女の耳元でルークスがこう囁いた。
「どう考えても複雑で、お先真っ暗なオレ達の未来を見てみようってんだ。何と言うか、いい余興じゃないか」
彼が皮肉っぽくそう言うのを見てソニアは少し悲しくなったが、彼が別段苛立ちも見せずに落ち着いているのなら、これも一つの体験かと思い、申し出を受けることにした。
そしてその2人の姿を見て、ふと目を留めた者が側にいた。その人物はすぐ近くにある物売りの陳列台にあるアクセサリーを見ているフリをしながら、2人の声と言葉に耳を傾け、背丈などの姿形をチラチラと盗み見て確かめた。2人はそれに気づかない。
占い師の前には恋人向けに2人分の席が設けられていたが、ルークスはソニアだけをそこに座らせて自分はその少し斜め後ろに立ち、彼女の肩に手を掛けた。人間嫌いの彼が取る当然の距離だと思ったので、ソニアは何も言わず、占い師の方も珍しい位置を取る客人にチラとだけ好奇の眼差しを向けてからソニアと正面向き合い、始めた。
「お二人の未来を占うということで……よろしいですか?」
12個の石を小さな巾着に入れ、傍らのカードの山を整えながら占い師は言った。
改めて容貌を見ると、短く刈り上げた髪に細い金属製のリングを額に嵌めて、服装は普通の旅人風という出立の、あまり占い師らしさを強調していない格好をしている。通常は長いローブを身に纏ったり、ベールを頭に被ったりと、服装で信憑性を演出しようとする者が多いものだ。しかし顔立ちは聡明そうで、占い師であるということに違和感はない。齢は30代半ばといった所の男性である。おそらく服装からして遠い土地からやって来たのだろう。
「この祭の為に、遠くからいらしたのですか?」
「はい。諸国を旅しながら、人々や世界の命運を見極めようとしています。こんな時世ですから……何か自分にもできることはないかと模索しているのですよ。ただ国でジッとしていたのでは、どうにも歯痒くて。私はラングレアの出身です」
「まぁ……それは本当に遠い所から。しかも危険な旅を」
ラングレアと言えば、大戦初期に虫王大隊によって攻められ、ほぼ壊滅している国である。国王の安否はまだ確認されていない。その国名を名乗るというのは、ある意味気概のある人だ。
占い師は、何の、といった顔で微笑んで、石の入った巾着をソニアに差し出した。
「それでは、この袋の中に入った石を、お2人で交互に1つずつ選んで順に並べていってください」