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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』43

 ルークスは心の片隅にずっと呼石(コール)のことがあったのだが、幸いずっと反応はないので有難かった。正直、先程の劇中は呼石が動いてくれるなと心底願ったものである。ルシアンの行く末、辿り着く未来を見届けずに観劇を中断することなど、耐え難いことこの上ないから。

 子供から大人まで沢山集まっている菓子店では、トライア名産のクローグによる蜜と花の香り付けで作られた焼き菓子にも関心を示し、あの樹からそんな糖蜜が採れるのだということに驚き、街頭人形劇を立ち止まって見てみれば、軍隊長ソニアと近衛兵隊長アーサーの人形が出て来て活躍するのだが、その姿があまり似ていないので可笑しがったりと、彼の興味や発見は尽きなかった。

 そうしていると時間が経つのはあっという間で、街の繁華街と雑踏から離れて丘の上にまで来た時には、もう空一面が夕暮れの橙色に染まり、雲も家々の壁も城壁も黄金色に輝いていた。

 そこから見下ろすと、噴水のある大広場で楽団が演奏しているのが眺められた。ここは他にも恋人達が何組か離れた所にいて、同じように2人だけの時間を楽しんでいたが、距離があるのでルークスも気にせず寛ぐことができた。

 夕暮れの美しい色に抱かれて並んで草地に腰を下ろし、流れてくる楽団の演奏に耳を傾けていると、先程劇場で耳にしたばかりの聴き覚えのあるメロディーであることに気づいた。毎年恒例のことであるのだが、楽団が流行の音楽を取り入れるのは早く、祭の時は前もって歌劇団ジュノーンと提携して舞台作の楽譜を調達しており、こうして観たばかりの舞台を思い出させて人々を楽しませているのだ。歌劇団にとっても演奏家にとっても都合のいいことであるし、聴く側もやはり楽しい。

 彼もメロディーを覚えていたので、2人はおや、と言うように顔を見合わせた。

「あの舞台……実際の出来事を基にしているんだって?」

「ええ」

「本当に、あったことなんだろうか?」

「さぁ……確かめようがないから。伝説やサーガは皆、そういうものだもの」

彼は、かつて本当に魔物姿の男を選んで愛した女がいるのか知りたいのだ。きっと心の慰めになるから。

 やがてもう一つのテーマ曲が流れ始め、ソニアはふいに歌を口ずさみ始めた。先程の歌曲を、その歌詞まで大まかに覚えてしまったのである。主張の少ない、ささやかな歌い方であったが、それが遠くから響く楽団の音に合い、美しかった。

 ルークスは「へぇ」と喜んで笑い、目を閉じ、彼も自分なりにささやかなハミングでそれに加わった。それに気づいてソニアも嬉しくなり、彼の手を取ると、彼の方は生まれて初めてそんなことをしたようで、照れながらくすぐったそうにしていた。

 戦士職の者は気合いで声を張る機会が多いから、喉が鍛えられているので、声の良い者が結構いたりする。アーサーもなかなかの歌い手だ。だから、恥ずかしがって小さな声ではあるが、ルークスもいい喉を持っているに違いないと思わせる伸びのある音を発していた。

 ソニアは声を抑えながらも、アドリーになり切ったかのように情感ある歌いぶりで、ルシアンを見るようにルークスを見て歌い続けた。彼は彼で、本当にルシアンのようにウットリとソニアを眺め、照れて身じろぎした。それは、くすぐったくも美しい、贅沢な時間だった。

 テーマ曲の演奏が終わった時、2人は再び深く吐息した。

「……君が役者になっていたら……それは素晴らしい人気女優になっていただろうね」

「あら、ありがとう」

「もし……オレが……」

沈みゆく夕日を見ていた彼が、その眼差しをソニアに向けた。瞳の中に夕映えが映っている。

「もし……オレが普通の人間に生まれていたら……きっと君のファンになって、恋い焦がれていたことだろうと思うよ」

それは、切なさと、どうにもならない運命を思う哀しみに震える美しい瞳だった。

 ソニアは彼の肩に頭を凭せ掛け、言った。

「それでもきっと……、私はあなたを見つけて、友達になっていたと思うわ」

その言葉が優しく染み渡り、彼は目を閉じて吐息した。

 新しく流れてきたものは、陽気な輪舞曲だ。それに合わせて恋人達が幾人か立ち上がり、踊り始めた。ソニアも思い切って立ち上がり、ルークスの手を引いた。

「踊りましょう!」

彼は少し躊躇ったが、すぐに受け入れて立ち上があり、一緒に回った。最初はただ歩きながら回っているだけだったが、彼女の手足の動きと、他の者の動きを見ているうちに彼は要領を飲み込んで、見様見真似でいつの間にか型ができあがってしまっていた。

「わぁ! さすがね! 戦士で一流の人って、皆、踊りの覚えが早いのよね」

そう言ったソニアは、かつて同じような状況で似たようなことを身内に言ったのを思い出し、胸に痛みを感じたが、それを悟られぬよう彼の胸に頭を預けて顔を隠し、そのまま踊り続けた。

 そして再び顔を上げた時には二人で優しく見つめ合い、アドリーとルシアンの踊りにも劣らぬ華麗で優雅なステップで周囲の空気を変えていき、同じ夢の世界へと紛れ込んでいった。

 そしていつの間にか、周りの人々を魅了していた。それはまるで白い精霊のダンスのようだった。

 音楽が止み、2人も静かに止まる。そして抱き合った。口笛が聞こえ、今の踊りを賞賛する者が手を振るのを見て、ソニアも小さく手を振り返した。そして笑った。

「ほらね、上手だって褒められたわ」

ルークスは今日一日の感謝を込めて彼女を優しく包み、消えかかる落日を見た。

「今日は……とても……最高に楽しかったよ」

「私もよ」

「ありがとう」

「私も……ありがとう」

日は沈み、空は桃色から紫色へと移り変わっていった。2人はそうして色彩の変遷を見ながら、長いこと抱き合っていた。


 従者専用室のディスカスは、部下の送る情報の解析に余念がなく、今も瞑想を続けていた。ソニアに配属していた4体の部下は無事に彼女の姿を捉え続けており、特にこれまで変わったところなく、2人が時を過ごしていることを伝えていた。

 一番危険の危ぶまれていた男は、どうやら穏やかに彼女との時間を楽しんだようであるし、もはや日も沈んで人間に正体を見抜かれることもないほど薄暗くなってきたから、緊張も解れ、これ以上危険な場面に至ることもあるまいと思い、ディスカスは部下の1体を下がらせ、城内の動きを探る班に回した。残された3体は引き続き忠実に彼女を追い、監視を続けた。


 城のテラスから落日を見ていたアーサーは、街から流れてくるざわめきと音楽に耳を傾け、この雑踏の何処かにいる2人のことを思いながら、1人吐息した。

 伝令役が到着したので彼はすぐに振り返り、執務室の中へと入っていった。

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