第4部30章『トライア祭』40
いいことばかりではないのだが、2人で暮らすことを考えると、ルシアンもアドリーも輝くようだった。すぐに、というのは賢明ではないから、まずルシアンは彼女が快適に暮らせる場所を確保する約束をし、アドリーの方は自分が出ていくための計画を立てて、慎重に時を選ぶことにした。
ルシアンは不安な気持ちを表現する。本当に自分なんかと一緒に来てしまっていいのか。それで彼女は幸せになれるのだろうか。彼女の為の選択として、これは正しいのだろうか。
でも、彼女と一緒にいたい。
家に戻ったアドリーは、姉や両親達に色々と探りを入れた。何も言わずに出ていくのは悪いし、とても心配をかけるから、どのようにして去るのがいいか、少しは話しておいた方がいいのか、置手紙だけにしようかと悩んでいるのだ。
アドリーは村のどの男も結婚相手として考えられないとはっきり言っていたので、今は恋人などいるわけがないと思っている家族達は、彼女の「もし私が駆け落ちしたらどうする?」の質問に笑った。そこまで好いた相手ができたりしたら、駆け落ちなんてしなくていいから私達に会わせなさい、と父親は言った。お前がそこまで想う相手なら、きっと結婚を許すだろうとまで言うのだ。会って、やっぱり気に入らなかったら、私はきっと駆け落ちすると思うわよ、とアドリーが言えば、家族は皆、笑うばかりだ。どうも本気にしてくれない。駆け落ちに至るような恋愛物語の影響を受けて、少女らしい愚かさでそれに憧れているのだろうくらいにしか思っていないのだ。
しかし、依然としてソロンはアドリーを諦めておらず、ペロー家全員に警戒されるようになっても、付き纏うことを止めず、頻繁に顔を見せていたので、彼の口から、彼女が実は森で他の村の男と密会しているのを自分は知っているから、そいつと駆け落ちするつもりなんじゃないかと言われれば、家族も本気にするようになり、アドリーは問い詰められた。ルシアンというのは誰なのか? 本当に会っているのか?
アドリーが本当のことを言わず、はぐらかしているうちにルシアンの方で準備が整い、2人はいつでも新生活をスタートできるようになった。
そこでアドリーは、会うときっと反対して認めてくれないだろうから、これまで隠してきたのだが、自分がどんな選択をしようとしているのか知ってもらいたいから、森まで来てルシアンに会って欲しい、と家族にお願いをした。それで認めてもらうのは難しいだろうから、結局自分は出て行くことになるだろうが、どんな相手で、自分がどれだけ幸せなのかを知ってもらってから皆と別れたいと言ったのだ。彼女が本気で出て行くつもりらしいから、家族は心底驚いて森について行った。
アドリーはいつもルシアンと会っていた場所まで家族を連れて来ると、彼を呼んだ。
おそるおそる、そっと登場してきたルシアンを見ると、家族は皆が叫んで逃げ出そうとした。
しかし、これがルシアンなのだとアドリーに強く説明され引き留められると、何とか立ち止まって彼女の話を聞いた。以前に戦火を逃れて一人で逸れてしまった時に命を救ってくれたのも彼で、彼は命の恩人だし、とても優しくて強くて自分を大切にしてくれる。自分も彼が好きで一緒に暮らしたい。だが、この通り人間ではないので、村で一緒に住むのは難しいだろうから、別な所で一緒に住むつもりだとアドリーが本気で言うので、家族は戸惑った。
「そんな……! お前……悪いが、そんなことしたって、幸せになれるわけがないよ!」
「そうよ! アドリー! 止めなさい!」
「全部、考えて決めたことなの。祝福してくれなくてもいいから、ただ見送って」
発言の少ないルシアンも、これについては言うべきことを言った。
「……彼女をできる限り守り、幸せにするつもりですが……自分が何者かはよく解っています。今の世の中、何が起こるかは判りません。もし、彼女の為に彼女をお返しすることがあた場合には、どうか迎え入れてあげてください。彼女を責めないでください。こんな自分のことを、見た目に関係なく愛してくれる、とても素晴らしい女性です。大切にします」
知性的で思慮分別のある言いぶりだから、家族達もつい口籠り、言葉が続かなくなった。
そしてルシアンとアドリーは家族に見守られながら森の奥深くへと去って行ったのだった。
ルシアンが用意した森の小屋で、2人はとても仲良く暮らす。その様はとても穏やかで心温まる光景だ。台詞は殆どなくて、身振り手振りと音楽、そして微笑みだけで構成されている。
このシーンにかなり時間を取り、幸福な生活をたっぷりと表現して舞台は暗転した。
ソロンの声が舞台に響く。まるで悲鳴だ。
「アドリーが出て行ったって⁈」
ペロー家の人々は、まさか魔物と暮らす為に出て行ったとは言えなので、その辺のことは言葉を濁しているのだが、とにかく他所の男と一緒になったと説明した。それでソロンは一気に怒りを膨らませた。これが許せるものかと地団太を踏む。彼はおそろしい形相でスポットライトを浴び、ルシアンという男を探して、どんな男か見てやり、必ずアドリーを奪って取り戻すと誓うのだった。
――第三幕終了――
いよいよ盛り上がってきたから劇場内は大興奮の渦だ。やんや、やんやと人々の声が上がる。美しい娘が人間ではない者と駆け落ちしてしまうなんて、前代未聞のシナリオであるから人々の議論が絶えない。物語として単に感動している者もあれば、よくやったと思う者、純粋に涙する者もいるのだが、これが自分の身内や娘だったらきっと反対するという現実的な者も当然かなりいる。
そんな中、隣のルークスは大いに感激している様子だった。何も言わないのだが、握った手を通して、その感情がビリビリと伝わってきた。ルシアンを自分に照らし合わせてみて、そのルシアンが意中の女性と結ばれたものだから、まるで自分のことのように心振るわせているのである。
ソニアは念の為、外に出るかもう一度だけ尋ねたが、平気だとの返事があり、この最後の小休止の間も2人はずっと座席で時を待つのだった。
やがて、最終幕に向けての音楽が流れ始め、人々は静まり返った。