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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』39

 再び劇場内は騒然とした。物議を醸す題材であるだけに、あれやこれやと意見を交わす声が聞こえた。設定と背景はともかく、ここまでは悲恋の物語であるから、既に涙目になってハンカチーフで拭うご婦人や娘さんの姿もチラホラと見える。

 ソニアは隣のルークスの様子を見た。人混みの中で過ごすようになって大分時間が経つ。それに、この舞台は今がちょうど半分であり、あと二幕残っているのだ。彼の緊張や忍耐に限界が来ていないか、まだ居られそうか気になったのだが、彼は先程よりも逆に落ち着いたようで、すっかりこの歌劇にのめり込んでいた。何しろ、この劇場内の誰よりルシアンに共感し易い立場の人だ。

 どう見ても準備期間がとてもかかるような芸事だと察せるので、ソニアが彼と出会ってから提案して間に合うわけもなく、従って自分の為に選ばれた題材ではないのだと理解しているのだが、何という偶然だろうと彼は思っていた。勿論ソニアも。

 彼にとって、こんなにお誂え向きのストーリーはないだろう。獣人とヌスフェラートとでは違うものだが、人間に疎まれ怖れられながらも、その世界に生きる女性に恋をするところなどは正に今の彼に照らし合わせられる。森で人々から隠れて会うところなどは、これまでの2人を見ているようだった。当然、彼はルシアンの未来に大いに感情移入していた。アドリーと結ばれることなど有り得るのか? 彼女がルシアンを選ぶことなど有り得るのか?

 ここに入場する前に、ソニアはトライアス叙事詩について簡単に説明している。だから、これが過去に実際あったらしいことを基にしていると解って見ているので、尚のこと他人事とは思えないのだ。

 ソニアは彼の耳元に顔を近づけて、今が劇の真ん中だから、一度外に出て休憩するかと尋ねたが、彼はただ、このままで平気だと答えて、リラックスしていることを示した。何かに夢中になっていると、他のことは気にならなくなるものだ。それに彼自身、これまでのストーリーをじっくりと考えたかったので、本当にその場から動きたくないと思っていた。

 彼が平気ならソニアもそのままで大丈夫だったので、2人は先程より長めの幕間を過ごし、第三幕を待った。

 パンフレット売りや役者の似顔絵プロマイド売りなどが、人と人との隙間を縫って呼び込み販売をしている。観客達の話し声で一杯の劇場内は実に賑やかだ。

 そのうち、再び音楽が流れ始めた。切なくて、優し気なメロディーだ。客席は暗くなり、舞台の幕が引かれ、ペロー家の寝室が現れた。


――第三幕――


 アドリーが自分の部屋で憂鬱そうにしている。彼女は独り言で現状と自分の心境を語った。哀し気なメロディーでそれらを歌に綴る。

 結局、村の男達は魔物を見つけられず、自分たちをおそれて逃げたのではないかと考え、それならそれでいいだろうと徐々に探索熱を冷ましていった。そのうち全く探索は行われなくなり、安全になったことを示す為に、アドリーはペロー家の軒先に赤いハンカチーフを吊るすようになった。これを印にするとルシアンと約束していたのだ。家族達は森に行くことを反対するので今までのように易々と出掛けることはできなくなり、皆の目を盗んで森に行き、ルシアンが戻って来ていないか様子を見るのだが、まだ彼が戻ってきた形跡はなかった。

 彼と会えなくなってから、アドリーはとても寂しい思いをし、自分にとってどれ程ルシアンが大切であるのかを思い知らされていた。もう一度、早く、彼に会いたい。アドリーはそう切々と歌う。

 すると、その歌が終わる頃に姉の声が響いた。

「あら? 誰かの贈り物かしら?」

見ると、玄関先に野の花が置かれているのだ。相変わらず村の男達の贈り物合戦が続いており、これもその一つなのではないかと思われたのだが、いつもと少し様子が違うので姉も首を傾げた。リボンも何もかけられていないが、生き生きとした花ばかりである。

 それがルシアンからのものだとすぐに解ったアドリーは、花を掻き抱くと、目を輝かせて天を仰いだ。そして早速、家族の目を盗んで森へと向かうのだった。

 森で2人は再会し、互いを見つけた途端に抱き締め合った。ルシアンもまた、彼女以上に寂しさを味わっていた様子で、とても大切そうに彼女を抱き締める。

「良かった……! 無事だったのね……! 会いたかった……!」

2人は、会えない間にどれ程辛かったかを語り合い、もう二度と離れたくないと互いの気持ちを正直に伝えた。アドリーまでがそう言ってくれたことに、ルシアンはとても驚き感激する。

 でも、こんな風にして森で隠れ会うような生活をいつまでも続けていられないことは2人ともが解っていた。だから、どうすればいいかを真剣に考え合った。

 ルシアンが一緒に村で暮らす、というのは有り得ないことだ。正体が知れたら殺されそうになるだろう。だから、アドリーの方が村から出るしかない。2人で何処か人間に見つからぬ森の奥の奥に住むのだ。アドリーとしては両親のことが心配であるのだが、それは2人の姉が何とかしてくれるであろうと思いたい。何しろ、ルシアンと暮らすことを選んだら、そう易々とは顔を見ることができなくなるだろうからだ。何処で誰と住んでいるのか質問攻めにあうだろうし、また後を尾けられて人間に居場所が見つかってしまうかもしれない。

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