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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』38

 ペロー家では、そろそろアドリーも嫁に行く先を考えなければならないね、という話をしていた。上二人の姉は既に相手が決まっており、これから順に家を出ていく予定だ。この三姉妹は年子なので、皆一斉に適齢期を迎えているのである。しかし、目ぼしい相手を見つけていないアドリーは、末娘であるという余裕もあって、全く嫁入りのことなど考えていなかった。それに、全員がいなくなってしまっては父と母が寂しがるだろうと思っていたので、この村を出ようとも思っていなかった。上二人の姉は他の村が嫁ぎ先なのだ。その両親もまた、アドリー目当ての若者がこの村には多いから、その中で一番良さそうな男を選んで、この村から出ずにいてくれたらいいと願っていた。

 その日の暮れにも、様々な若者が挨拶がてら花や菓子や狩りの獲物をペロー家に届けに来て、アドリーの顔を見ていった。皆が美しい言葉で歌い、愛を語っていく。そのどれにもアドリーは靡かず、つまらなそうにしている。困る両親も、その気持ちを歌に綴った。

 アドリーは自分の心に秘めた想いを天にだけ歌う。

 私は本当に変わっているのかもしれない。村のどの男と暮らすことを考えてもピンとこないし、その気にならないが、ルシアンとはいつも一緒にいたいと思う。自分はちょっと変なのだろうか?

 とても華やかな場面は歯切れのよい高音で締めくくられ、暗転した。


 それが夜の闇を表し、暗い舞台の一箇所にだけスポットライトが当てられ、そこにルシアンがいた。森の中で一人きりの夜にアドリーへの想いをそっと静かに歌うのだ。その前の活気のある歌曲とは一転して、こちらはしっとりとした曲調である。だからこそ、誰より真剣で一途な想いであることが滲み出ていた。

 ああ、自分が今すぐ人間になれたら、どんなにいいだろう。そうすれば彼女の許へ行って、人目も気にせず声をかけられるのに。もっと沢山、一緒にいられるのに。

 でも、自分はただの獣だ。魔物だ。人間が見たらおそれられるし、殺されそうになるかもしれない。そんな自分は、彼女がここに来るのをいつも待つだけだ。

 いつまでもこうしてはいられないだろう。彼女はいずれ森には来なくなるかもしれない。どうしたら、そうならずに済むのだろうか。なぜ、自分はこんな魔物なのか。


 夜に合う美しい音楽が変わり、舞台は明るくなった。夜が明け、昼の森となったのだ。

 アドリーがいつものように空の籠を手にして森の中を歩んでいる。その後ろからはソロンが追跡をしていた。見ている観客達のハラハラする息遣いが聞こえてきそうだった。皆はもう、ルシアンとアドリーの応援をし始めているのである。ソロン役の男優もまた達者なので、いかにも嫌な男というものを巧みに演じているので尚更だった。

「ルシアーン! 何処なのー?」

今日は珍しく姿が見えない。どうしたんだろうとアドリーは首を傾げ、そこら中を探し回った。それでもルシアンは出てこない。

 やがて、彼女が人を探していることが解ったソロンが姿を現した。

「――やあ、アドリー。こんな所で会うとは。どうしてこんな森で人を探しているんだい? ルシアンて誰なんだ?」

アドリーはギョッとして警戒する。籠まで取り落してしまった。ルシアンが何者かなんて説明できないから困ってしまうのだが、ソロンはしつこく食い下がって離れなかった。

「他の村の男と、いつもこうして会っているのか? そうなのか? どうなんだ?」

まるで既に恋人か婚約者のつもりのような言いぶりでソロンは迫り、アドリーを困惑させた。

「あなたには関係のないことでしょう? ソロン。私を尾けてきたのね? そんなことは止めて帰って頂戴。あなたのことは何とも思ってないって、前にはっきり言ってるでしょう? いい加減に諦めて!」

ソロンはそれに納得する様子がない。自分がこれまでどれだけアドリーのことを想い、尽くしてきたかを並べ立てた。まるで脅迫するかのようだ。それに対し、アドリーの方は1つ1つのエピソードについて、あの時はこんな風に断った、お返しした、とか、とても迷惑だったということを、きっぱりとソロンに言った。

 どうして解ってくれないのだ? と最終的にはそのような展開になっていく。ソロンは少しも引いたり諦めようとする気がない。しまいには、自分ほど屈強で狩りが上手く、他の女達から求められている男は近隣の村にもいないと言い出す始末だ。そして言葉が過激になるほどに、ソロンはアドリーに対して暴力的になっていった。腕を取り、肩を掴み、離さないのだ。

「止めて! ソロン! 離して!」

「お前は俺のものだ!」

ソロンが手を上げ、そこにアドリーを押し伏せそうになる。危険そうな旋律が高まった。

 するとそこへルシアンが現れ、ソロンを散々に打ちのめす。ソロンはそこで倒れてしまった。

「大丈夫か? アドリー!」

ルシアンは、彼女の後を尾けてくる男の存在に気が付いていたので、姿を現さなかったのだ。だが、彼女の危機と見るや、こうして出てきたのである。アドリーはソロンが死んでいないか心配したが、ルシアンは大丈夫だと言った。気を失っているだけなのである。

 騒ぎが大きくなるといけないから、ルシアンはアドリーをすぐに村へ帰らせた。そして自分も森の奥へ引き返し、身を隠したのだった。

 やがて舞台上には倒れているソロンだけとなり、そのソロンも目を覚まして起き上がった。自分が生きていたことに驚き、殺されなくて運が良かったと胸を撫で下ろす。

「怖ろしい魔物がこの森にはいるんだ……! アドリーはどうしたんだろう? 殺されてしまったのか? 攫われてしまったのか?」

ソロンは辺りを怖々と窺いながら立ち上がり、森を後にした。


 殺されたり攫われたりしたのではないかと思われたアドリーが無事にペロー家に戻っていたので、ソロンは驚いた。アドリーは魔物の姿を見ているが、怖くてすぐその場から逃げて助かったのだと言う。ソロンを置いてきてしまったのは致し方ないことだ。何しろ女性だし、助かっただけ有難いというものである。

 そして、こんなおそろしい魔物がいるのに森に行くのは、もう危険だとソロンは主張し、彼女が出歩くのを禁止するようペロー家の人々に仕向けた。確かに魔物もおそろしいのだが、そうすることで謎のルシアンという男との密会を阻止しようというのである。

 アドリーはこれに反対し、自分はこれまで一度も襲われることはなかった。それは穏やかな気持ちで森を歩いていたからではないか。今回、急に出現したのは、ソロンが自分に対して暴力を振るったからなのではないかと明言した。これを聞いたペロー家の人々は、暴力を振るったのか? とソロンに詰め寄ったのだが、これについてはソロンは適当に誤魔化してしまい、アドリーの被害妄想だと、むしろ彼女を責めるようなことを言った。

 とにかく、その点については有耶無耶にされて魔物のことが大きく取り沙汰され、村全体が魔物の駆逐一色になっていった。村中の男という男が集められ、ソロンによって鼓舞され、殺気立っていく。

 青ざめたアドリーは大慌てで森に行き、このことをルシアンに伝えようとした。アドリーの呼び掛けでルシアンは現れ、彼女に今すぐこの森から逃げるようにと言われる。

「君と会えなくなるなんて……」

「探して見つからなければ、そのうちほとぼりが冷めるわ! それまでは何処か他所に行くのよ!」

2人は抱き締め合い、そして泣く泣くそこで別れた。

 村の男達の声が近づいてくる。舞台は徐々に暗くなり、声だけが一杯になっていった。


――第二幕終了――

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