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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』37

 拍手の後、一斉に観客達は騒ぎ出した。今見たばかりの第一幕について様々なことを論じ合い、評する。歴代の大劇で演じられてきた物語は全て人間が主に登場するものであったので、獣人がメインキャストとして登場するこの作品は正に異例のものだ。飼い犬という役が偶にあっても、せいぜい「ワン!」というだけで、まともな台詞がある訳ではない。

 その上、冒頭から危機に見舞われたのはか弱い少女であった。何かの危機や冒険を描く場合は、英雄や逞しい若者をその対象に選ぶことが多い中では、これもまた珍しいことだった。

 ソニアの隣に座るルークスは、口を開いたり身じろぎすることはなかったものの、目の輝きに興奮ぶりが表れていた。毎年、毎月、それどころか毎週劇を見に来ている常連客ですら驚きの斬新な舞台であるから、何もかもが初体験である彼にとって、どれほど強烈なインパクトがあるのかは想像に難くない。

 そして、彼の為にこの題材を選んだのではないが、偶然にもこの物語は彼にとって非常に感情移入し易いものになるのではないかと思われた。

 そんな彼を見ながら、ソニアはただ微笑み、この短い幕間で第一幕の余韻に浸った。原作を知っているが、脚色や設定の調整などの結果までは把握していなかったので、この先どのように物語が描かれていくのか大いに楽しみだった。

 魔物を演じるなんて初の試みだろうに、あの男優は大した観察眼と技量の持ち主だと思い、とても感心してしまう。勿論アドリー役の女優も熱演で素晴らしいが、この物語の鍵を握るのはルシアンの演出である。だからソニアは、予想以上に劇団が物語を理解して、ルシアンの役作りに没頭してくれたようだと感激し、嬉しく思った。

 この舞台がウケれば、必ず原作本も売れる。そうすると、トライアス詩編のこの部分だけが復刻されて小冊子となり街に出回るのだ。それをきっかけにトライアス叙事詩が読まれるようになり、女神の精神を理解してもらえたら、ソニアとしても提案者冥利に尽きる。

 ソニアとルークスはそうして黙ったまま、座席の手すりに乗せている互いの手を握り合って次の幕開けを待った。

 程なくして第二幕の開始を告げる間奏曲が流れ始め、明るく優雅な音楽から入っていった。

 幕がゆっくり開かれると、そこは復興され生き生きと活気を取り戻し回転している村だった。村人達が通りを行き交いながら忙しなく会話する。


――第二幕――


 戦火による被害は大変なもので、相当な数の死者が出たが、生き残った村人達はそれなりに懸命に生きようといていた。ペロー家は中でも全員無事という恵まれた一家であり、それを羨ましがられていた。家長たる父親は大した怪我もなく仕事に精を出しているし、3人の娘も元気である。特に末娘のアドリーは村一番の美少女として人々にも認められており、若者達が彼女の心を射止めようと躍起になっていた。

 ところが、そのアドリーは、このところ森に出掛けることが多くなったという噂だった。山菜や花を摘みに行くとの名目なのだが、それがまた随分と長い。やがて帰ってくると確かに沢山の収穫を抱えているので家族も止めはしないのだが、こんなに美しい少女が危険な森に長時間出掛けるのは如何なものかという忠告が多くの村人から入った。

 しかし、当のアドリー本人が一番森に行きたがっており、その熱心さがかなりのものだから、家族は止められないのだった。しかも安全の為に誰かを伴おうともしない。

 アドリーへのアピールが最も盛んな青年ソロンは、自分がついて行ってボディーガードになるとしつこく申し出ていたのだが、アドリーはきっぱりとそれを断った。誰かが一緒に来られては困る理由があったし、アドリーはこのソロンが好きではなかったのだ。強引で、思いやりにかけるところがあるから。確かに村で一番体格もよく、見栄えのする顔形なのだが、アドリーにとってそんなものは興味がなかったのだ。

 アドリーが森でしていること。それはルシアンとの森遊びだった。ルシアンとしては気になる少女との密会なのだが、アドリーにはまだまだ少女らしい無邪気さがあって、森への興味もかなり大きかった。家で家事をして大人しくしているよりは、こうして外に出てルシアンといる方が楽しいのだ。

 彼女が森へ出掛けて行き場面が変わると、舞台はまた森になって、そこにはルシアンが待っていた。ルシアンはアドリーの為に山菜や木の実、果物等を沢山用意している。彼女はいつも、これを持って帰っているのだ。彼女はそれらを見ると礼を言った。ルシアンはとても嬉しそうだ。

「君は、変わっている。よく私のような者と、こうして会えるな」

「あら、また会いたいと言ったのは、あなたの方なのに、そんなことを言うの?」

アドリーは歌い踊りながら、森での時間がどんなに楽しいかをルシアンに語って聞かせた。

 戦いが続く間は怖くてあまり来られなかった森だが、川も緑も美しいし、ルシアンがいれば安心できる。それに、村のどんな男達よりルシアンの方が興味深い。そりゃあ毛むくじゃらだが、威張らないし優しいし強いのだ。

 それを聞いたルシアンは喜び、彼もまた歌でアドリーへの想いを伝えた。

 気が付くと獣の姿となっていた自分。人間の前に姿を出せば、皆がおそれ逃げていく。森に仲間はいないし、人間もその通りだから、自分は孤独だった。だが、今はアドリーがいる。今の自分に、アドリーほど大切なものは他にない。

 それを聞いたアドリーは少女の恥じらいを見せていた。彼女も、それなりに特別な想いを抱いてるのだ。

 ルシアンとアドリーは実に仲良く過ごし、観客の目から見ても幸せそうな恋人同士のように見えた。

「もし、あなたが本当に元は人間だったのなら、戻る方法が見つかればいいのに」

アドリーがそう言うと、ルシアンも切なそうだった。彼はまだ、以前の記憶というものが思い出せないのだ。相変わらず、本当は人間なのか、或いは正真正銘の獣人なのかは不明だった。

 そうして楽しい時を過ごした二人はまた別れ、ルシアンに名残惜しそうに見送られながらアドリーは村へと去って行くのだった。手には収穫物でいっぱいの籠を抱えて。

 また村の場面に戻ると、家族が迎えて、アドリーの収穫をとても喜んだ。それを物陰からソロンが盗み見ている。

「……あんなに沢山集めてくるなんて、一体どのくらい奥の方まで出掛けているんだろう。彼女に危険だし、自分も集めて来れば家族が喜ぶから、明日はついて行ってみよう。なぁに、気づかれないさ」

そういうソロンの様子は何とも怪しげだ。そこで彼女に何かしでかしそうな程に危険な笑みを浮かべている。

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