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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』35

今エピソードから暫く、舞台は王立歌劇場になります。

こういう世界で演劇が催されていたら、どんな感じなんだろうと思いながら舞台1つ分を描いているので長めですが、雰囲気を感じて楽しんで頂ければと思います。

 トライア王立劇場。祭が開幕し、祭用の一大歌劇が演じられることになって、昨日の初演から数えて早3度目の公演となる正午。客の入り具合は変わらず大盛況しており、超満員となっていた。ステージは半円形の張り出し部分の他に、奥には横長で湾曲する通路状の舞台があって、それが大舞台へと繋がっており、上手と下手がカーテンに消えている。

 観客席は、その半円部分を取り囲むようにして同心円状に設置され、傾斜して階段状になっている。座席からであれば、どの角度からでもステージがよく見渡せた。

 前売りの指定席の他にも立ち見の客が大勢いて、それが通路や入り口付近にまで詰め寄せているものだから、とても途中退場などできるような状況ではなかった。指定席の客の視界が塞がれないよう、立ち見客の立ち入り禁止区域は設けられているので観劇に支障はないのだが、劇場内の行き来はかなり大変だ。よく知っている客たちは、先に全ての用を足している。

 ソニアはルークスのストレスを考えて早くから入場していたので、そのような人混みの中を潜り抜けずに済んで落ち着いて着席した。彼女は劇団の後援者であるから前もって招待券が届けられていたので、入場もスムーズであった。城の高官にも劇団から指定席券が配られているのだが、そういった貴賓には最高の席が用意されている。

 仮装しているお陰で誰だかは判らないだろうが、安全の為にソニアは劇場内に入ると、指定席の中でも後列の端の方にいる2人組の老夫婦に声をかけて席を交換してもらった。勿論、老夫婦は大喜びだ。役者に握手を求めることもできる最前列なのである。「連れは人混みが苦手なので、端の方にいたいから」と説明すれば、その老夫婦も怪しむことなく交換に応じてくれ、ソニアとルークスは後列端の席を確保した。ソニアは壁沿いの席にルークスを座らせ、自分はその隣になった。ここなら彼の両隣どちらにも人間が座ることはない。前後の席に来ることは仕方がないが、そこまで注文を付けることは難しいから、これが精一杯のところだ。

 人で溢れ返るような屋内環境という、彼にとって不慣れな状況であるから、神経がピリピリとしているのが伝わってきたが、彼は一言も文句をつけず彼女と一緒にそこで静かに開演を待った。

 まだ時間があるのに、今から有名女優や男優の名を叫んで興奮している者がそこら中にいた。トライア国民は皆、演劇好きなのである。

 トライア王立劇団ジュノーンはその歴史も古く、現在の国王ハンスの13代も前に創立されており、代々国一番のレベルを保ってきた。年に2回入団テストがあるのだが、いつも各地から劇団入りを夢見て挑戦に来る若者達が絶えず、競争率が高い激戦である為に、選りすぐりの新人を常に得られることで高い水準をキープしているのだ。見てくれの良さがものをいう職業でもあるから、当然ながら美男美女が優遇され易くはなるのだが、美形なだけではまずダメで、演技力は勿論のこと、ダンスと歌唱の能力も問われるのである。だから、入団できた上に長い間所属していられる者というのは、本当に有能な者達ばかりだった。

 このような祭以外の平時には、週替わり、月替わりの小劇を披露して城下街の民を楽しませ日常に潤いを与えている。特に週替わりの劇は半年がかりで催行される長期連続もので、所謂ドラマが演じられており、その人気たるや絶大なもので看板役者はスター扱いであり、日々ファンに囲まれて追われ、プライベートな時間を得るのに苦労していた。今回の祭向け大劇には、その人気俳優達がズラリと配役されている。

 劇場の外壁には“トライア王立歌劇団 大祭大歌劇”と銘打った看板が幾つも立てかけられており、その間には各役者の名前と似顔絵が描かれたポスターが何枚も貼られていた。入口脇には大きな垂れ幕で演目が記されている。

 舞台セットも衣装も小道具も役者の数も、全てにおいて最も力の入れられている、年に一度の大舞台だ。

 今回の演目は、後援者ソニアの何気ない話がきっかけで選出された題材を台本に利用しいている。トライアス叙事詩からの一編だ。彼女の提案であることは既に周知のことであり、そのことが呼び込みチラシやポスターにも書かれており、人々の関心を引いて例年以上の大盛況となっていた。昨日の二回公演だけでも、その評判は上々で、おそらくこのままいけば殿堂入りして、今後も何度か繰り返し公演されていくであろうことが予想されていた。毎年演じられる大劇が必ずしも殿堂入りするわけではなく、頻度としては半分以下であるから、なかなかの良作であるということだ。提案したソニアとしても、それは嬉しいことだった。

 開演が正午からである為、終わる頃には日がすっかり傾いて夕暮れが近くなるので、ソニアは入場する前に彼と一緒に腹ごしらえはしておいた。口の部分を覆っていない仮装の人は劇場内で食べたり飲んだりするものだが、2人の場合は身分と種族を隠す都合上、顔を完全に隠しているから、そういうことはできないのである。

 彼が普段どのような食事をしているのかは知らないが、特に苦手なものはないということなので、祭の期間中だけ街頭に登場する、野菜や肉、或いは魚のフライを詰めた特製のパンを選んで、雑踏から少し離れた川辺の木陰で2人して食べた。

 彼は最初のうちは珍しそうにしていたが、やがて慣れ、彼女と共に食事をするという、初めての貴重な時間を楽しんで過ごした。仮面の口の部分をスライドせて肌の色が見えぬよう口元を袖で隠しながらという面倒な格好ではあったが、それもまた何だか面白かった。加工された食べ物はあまり口にしないそうなので、彼としてもかなり刺激があったようだ。

 それから、この劇場へやって来たのである。

 彼の言葉が少ない分、ソニアの方から劇場のことや役者達のことを進んで説明した。歌劇とはどういうものなのかも。

「普通に会話をしている時はただの演劇なんだけど、喜びや心配や怒りといった、感情が高まるシーンになると、その台詞をそのまま歌にしてしまうのよ。歌いながら話したり、怒ったり笑ったりするの。そういうのって……地下世界の方じゃ、ないかしら?」

「あるのかもしれないが……そういうのに接触する機会がないから、解らないな」

「ふぅん、まぁ、そういうものだから、お話を作る劇作家の他に、音楽をつける専門の作曲家や、踊りを組み立てる振付師がいるのよ。それがとても重要なの」

「へぇ……」

返事の声は小さいが、彼はかなり感心しているようだった。劇場内の装飾や目の前の人々の狂乱ぶりに目が行ってしまって、彼女の方はあまり見ないが、話はきちんと聞いている。

「私も歌と踊りは好きだから、もし兵士になっていなかったら……役者を目指していたかもしれないわね。それとも歌手か」

「……そうであったら、どんなに良かったか……」

「えっ?」

それ以上は切なくなるのでルークスは言葉を続けず、ソニアも黙ってしまい、2人でそっと肩を抱き合った。

 そして暫くそうしているうちに開演時刻となり、場内にはそれを知らせる音楽が鳴り始めた。“開演の曲”と称されているその音楽は、どんな劇の開演時にも流される定番の、小鐘をメインとした曲で、飽きのこない絶妙なフレーズによって観客達の心を沸き立たせると同時にすぐに会場を静まらせた。

 そしてひとしきりその音楽が流れると、続いて流れ始めたのはこの歌劇の序曲だった。専属の楽団は舞台の縁におり、観客席より一段低い所で演奏するので、その姿は見えないようになっている。

 宮廷の輪舞曲を思わせる、おおらかで気品のある序曲を聴くうちに、ソニアもルークスも劇の世界に引き込まれていった。

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