第4部30章『トライア祭』34
バワーム王国エランドリースの城で、ゲオルグはその知らせを受けていた。今回は予防線をかなり張っていたので、知らぬ間に事が起きるという、以前のような最悪の事態は避けることができたのだが、それでも深刻な状況だった。
ナマクア大陸を魔導大隊が担当することによってソニアの身の安全をこちらがコントロールし、同時に彼女とエングレゴール家の繋がりを皇帝に知られる危険を防ぐという利点を得ていたのだが、何としたことか、願いも空しく魔導大隊は担当から外れ、最もおそろしい竜王大隊が代わって攻めることになったのである。
放っておけば、ソニアがあの竜人ヴォルトに殺されてしまう。阻止するか、先に自分がソニアを殺さなければならない。
だが、阻止するのは非常に難しいだろう。急なことだから、策略で竜王大隊に混乱をもたらし出動を遅らせるような時間はない。やるなら、直接ヴォルトを叩くしかないだろう。ところがそれが何より危険極まりないのだ。マキシマの力を得た自分でも、まだ勝てる自信のない相手なのである。戦いを挑んで負けて、結局彼にソニアを殺されては元も子もない。ならば今すぐにでもトライアに行って、ソニアを自分の手中に収めるか、命を奪って死体も確保しなければならない。
だが、いざこうなると決心するのは難しかった。竜王大隊の出動ギリギリまで、何とか他に手はないものか考えたい。やはり愛する者をこの手で殺めるのは、最後の最後まで引き延ばしたいのだという己の本心を改めて思い知らされた。
ゲオルグはすぐにディスパイクと連絡を取った。幸いディスパイクは即座に応じれる状況で、彼の方でもこの事態を把握していた。トライアは祭の真っ最中だと言う。そちらの夜が明けると、これからソニアは一日の休みを得て一般市民に紛れて祭を楽しむそうだ。
今は護衛として役目を果たせているが、実際に竜王大隊がやって来たら、自分一人で守り切るのは難しいだろうとディスパイクは言っている。力尽くで避難させることが難しいのだ。彼女はそれを振り切って現場に残ろうとし、真っ向戦うであろうから。それはそうだろうとゲオルグも思った。ふいの刺客ならまだしも、大隊による襲撃で彼女がディスパイクに連れ去る隙を与えるかは疑問だ。
しかし、今すぐ行動に移すということにはディスパイクも妙な難色を示していた。竜王大隊がトライアを攻める可能性が出て来てから、どうもその大隊の手の者らしい偵察者がウロウロしているというのだ。かなり強者のようであるらしく、今ソニアを奪いにやって来れば、余程巧く隠すか、あっという間に片付けないと、襲撃前に正体不明の邪魔者が入ったとして、その偵察者が戦いを挑んでくる可能性が高いそうである。やはり、事態はどんどん複雑化してきているのだ。
その偵察者と戦って負けるとは思わないが、そいつと戦いつつソニアを奪うとしたら、かなり大暴れしないとならないだろう。あの都は相当に傷つくかもしれない。竜王大隊の襲撃直前にそんなことが起きたら、出端をくじいたとして完全に喧嘩を売ることになる。そうなると、ソニアを奪うことをきっかけに竜王大隊と戦い、そこから延々と皇帝軍そのものと戦う羽目になっていくかもしれない。途方もなく面倒なことだが、だからと言ってソニアを諦めることなどできるわけがなかった。やるなら、そうなることを覚悟の上で挑まなければならないだろう。
ゲオルグはディスパイクに厳重警戒を申し付け、その後は一人で頭を悩ませた。
このバワーム王国で行いたいことがあったが、それをどうするか。何年もかけて準備と調整をしてきたことであるから、やり遂げて結果を確かめたいところである。だが、優先順位からすれば明らかに下位であった。最重要は、やはりソニアに纏わることである。
足掻こう。彼はそう決めた。
準備期間も何もない、行き当たりばったりの工作となるだろうが、できるだけ竜王大隊を足止めしてみるのだ。もはや、どうしようもなくなるまではヴォルトとの戦いだけを避け、どうにか奴等の軍団を攪乱し、ソニアの所へ行くのは最後の最後の手段とするのだ。どこまでできるかは分からない。魔導大隊が危ぶまれぬよう気を遣う面倒もある。だが、やらねば。
ゲオルグはそう決断すると、まだ早朝の時分であるバワーム城の一室から出て、関係する担当者にだけ別の要件で城を空けることを告げると、なるべく人目につかぬルートを選んで城を出、飛翔術で離れ、十分な距離を取ってから流星術に切り替えて彼方に飛んで行った。