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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』26

 トライアの朝。

 小鳥達がいつもと変わらず空に羽ばたき、来光の歌を謳った。祭であろうと、世界の始まりは同じである。

 一晩中歌い踊り続けていた若者達の殆どは自宅や宿に帰り、泥のように眠っている。同じ臥所で抱き合い横たわる者も少なくない。

 これからは、そんな者達に代わって、年配者や子供達が祭を盛り上げる番である。目覚めて昨晩の愚行を恥じる若者達が再び祭に戻って来るまでの午前中いっぱいを、皆で盛り上げて繋ぐのだ。そして、それは例年すんなりと成功していた。

 今日は目立ったパレードはないものの、一日を通して仮装する特別な日だ。日の出以降どんな者も仮装していなければ出歩いてはならず、最低限アイマスクぐらいはする決まりだ。店の主も売り子も音楽家もダンサーも皆が思い思いに仮面や帽子やドレスで自らを飾り立てている。

 昨日の花娘とその相手役として申し込む者に該当しなかった者も、今日は気軽に声を掛けられるものだから、相手に飢えた者は早くから街に出没しうねり歩いて物色していた。相手に申し込む行為がしつこくなり過ぎてトラブルが起きないよう、巡回兵と私服兵が目を光らせて警戒を強める日でもある。それほどの事件に発展することは多くはないが、パートナーに恵まれぬ哀れな男が時として酒に酔って暴走するのはよくある話であるから、気は緩められない。

 そのような有象無象に付きまとわれる面倒を避けたくてソニアはルークスに同行を求めていたのだが、そのソニアは今日が丸一日、軍務から解放される日となる。夜半に再び休憩となって床に就いたが、大して眠れなかった彼女は、いまいちしゃっきりとしない様子で部屋を出て、同じく何だか様子のおかしいアーサーと顔を合わせた。それじゃあ、後はよろしく。楽しんでおいで、と双方簡単な言葉だけかけて別れたのだが、出掛ける彼女の姿をアーサーは長々と見送っていた。

 軽く手を振り微笑むソニア。微笑み返すアーサー。

 おお、フェデリ。彼女は心の中でそう呟いた。彼もまた、心の中で己の女神の名を呼んだ。

 背を向けた後の彼女の表情は重く、彼女の姿が見えなくなった後の彼もまた、厳しい面持ちになった。

 ソニアは厩舎でアトラスに一言断ってから別の平凡な黒馬を借りると、軍隊長だと判らぬようマントをすっぽりと被って騎乗し、彼女の私服姿が珍しくてつい見てしまう歩哨達の視線を浴びながら裏の通用門より城外に出て、一路街外れの森へと向かっていった。後ろに括りつけた荷袋の中には、仮装用の衣装が入っている。

 どうか、ルークスが来てくれるようにとソニアは祈った。万一彼が辞退した場合は、仕方ないから一旦城に戻ってディスカスに相手をさせるつもりだ。ただ黙って付いてくるだけだから楽でいいが、見た目上は少々異質な雰囲気のペアになるかもしれない。

 どうか彼が来てくれ、人間の祭というものを見て、彼がかつて味わうことのできなかった人間社会の輝きの部分を感じられますように。少しでも、人間に対する彼の凍った心が融け、それで彼自身が楽になりますように。そうすることで、彼と共に自分もまた心救われますように。ソニアは、そうトライアスに祈った。


 従者専用室のディスカス。彼もまた見た目上は今日一日が自由の身であるのだが、従者室に籠ると瞑想に入り、一時も任務を怠らずに部下からの情報の収集と解析に当たっていた。

 ソニアから、もしパートナーがいない場合は同行してくれと願われていたので、その時の為にもここで待機をしている。彼女からは、2刻ほど経っても戻らなければ後は自由にしていいと言われているが、無事パートナーを得られるかどうかはディスカスにはすぐに判るだろう。

 今日は、彼女があの危険な男と2人きりで一日中人間の中で過ごそうとしている、警戒の緩められぬ日だ。あのヌスフェラートと密会している事実を知ってから、2人で会う時の監視役は2体3体と増やしているが、今日は更に特別である。ディスカスは遂に4体の部下を送り、彼女の追跡をさせていた。何かがあって見失うことがあったとしても、たった1体でも彼女の後を追えていれば合流することができる。4体もいれば十分だろう。

 有事の際にいつでも飛び出せるよう服装もきちんとしたままで、ディスカスはいつものようにベッドに腰掛け、壁を見ていた。このベッドに彼は一度も横たわったことがないのだが、誰もそれを知らない。彼が退室した後、部屋の掃除に訪れる女官は、いつもベッドを寝散らかさずにきちんとしてから出ていく潔癖症の人なのだと彼のことを思っていた。だから、かなり愛想の悪いところも、その性格の表れなのだとして、あまり気にしないようになり、今では一時ほど不評を得なくなっている。

 珍しく休みなのに部屋に籠っているから、変わっているなとは思われているのだが、ソニアが戻り次第すぐに勤めに就けるよう控えているのだ、大した忠臣だと解釈する人もいた。だから概ね、この妙な従者は己が地位と居場所を獲得できていた。

 そんなことはあまり気にも留めず知りもしないディスカスは、狭い部屋にいながら遠く広くを同時に見、解析を続けた。

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