第4部30章『トライア祭』24
そしてふと歩みを止めると、アーサーは再び占者に目を向けた。
「マーギュリス、占術では……解決法を示すことができるのか?」
マーギュリスはすんなりと頷いた。
「どのような占術にも……特に、象徴となる道具を使用した、所謂カード占いなどでは、解決法が明らかにされます」
希望を感じさせる言葉のはずなのに、そう告げる占者の目には、その色が全く見られなかった。
「問題によっては、解決する道が望めないことも、また……明らかにされます」
「……避けようがない、と……?」
また、頷く。今度はすんなりとはいかなかったが。哀し気な瞳と険しい顔とで互いを見交わす。
「……我々は往々にして、物事は原因と結果が1つずつ、鍵と鍵穴のように対応しているものと思いがちです。極小さな、些細なレベルでは、それは正しいことなのかもしれません。しかし、それはおそらく人の目には見えない程のものでしょう。未来というのは、その小さな結果……変化の積み重ねによって起こります。従って……何かしらの未来が示された時、そこに至るまでには実に様々な過程と変化が起こることも見越されているのです。複雑で……巧妙で……見事な綴れ織りが。些細な出来事を阻止することは容易いかもしれません。しかし……未来が複雑であればある程、因となる物事に不可抗力が含まれれば含まれる程、その未来へ向かって動き出した流れを変えることは難しくなるのです。……時には、絶望的なまでに」
「誰も……止められないと……?」
無言が、その返事だった。アーサーの顔がますます歪んでいく。
眠りも忘れて盛り上がる城下街。人々の声や陽気な音楽が流れてくるのに、このバルコニーは何処よりも暗く重苦しい空気に沈んでいる。
アーサーがどんなに徘徊してもジッと卓に着いていたマーギュリスが、そっと立ち上がり、静かに涙を頬に滑らせた。
「世に……絶対に不可能、というものはないでしょう。『奇跡』という言葉が存在する限り。ですが……それが何故『奇跡』と呼ばれるかは……貴方様も、その定義をご存じのはず」
アーサーの戦意は、まだ失われてはいない。
「諦めちゃだめだ! 信じてみなきゃ、可能性さえなくなっちまう! オレ達は何者にも負けない! 勝って、この国を守り切るんだ!」
ふと、マーギュリスはアーサーの総身から炎の色をしたオーラが迸るのが見えたような気がした。だが、篝火の照り返しかもしれず、自分の涙のせいかもしれなかった。
「だからこそ……王様も、あのような発表をなされたのです。少しでも未来を変える為に……! 私も、何かお役に立てたらと……その為にご相談に伺いました。まだ、諦めたわけではありません……!」
今、改めてアーサーは王の真意と思慮深さを知り、感銘を受けた。ソニアに纏わる諸事情は承知しているはずなのに、王位継承権の話をしたのは、今の時世と、祭という格好のタイミングに合わせたものだとしか思っていなかったのだ。だが、王はあの時点で既にマーギュリスからこの未来を伝えられており、それでありながら国の滅びに頭を悩ませているなどとは微塵も感じさせずに陽気に振舞い、陰ながら彼女と国を同時に救おうと画策し、自分なりの腕を振るってみたのである。
「アーサー様……、私は……どうすればいいのでしょう? 私は未来を知るが故に、もし……あの方が国を危うくするのだと判ったら、国を優先するでしょう。いや……しなければなりません。でも……でも……あの方の犠牲の上に立つ国など、望みたくはない……!」
涙で崩れた顔を見られたくないが為に、マーギュリスは背を向けた。
「未来など……見えなければ良かった……!」
信じてはいけないと解っているが、この占者の能力を高く評価してもいるアーサーは考えた。何が、この国を滅ぼすというのだろう?
彼女の双子か? それとも、その双子が属する大隊か? それとも、あの男が属する大隊がこのトライアを担当することになり、無数の竜を引き連れてやって来るのか?
ふつふつと怒りがこみ上げてきて身体を熱くし、彼の肌に触れる空気が揺らいだ。
国が失われるかもしれないことは勿論衝撃だが、彼には家族と彼女が失われることの方がずっとおそろしかった。それだけが、彼に怒りではなく恐怖を感じさせた。恐怖は戦士にとって命取りだ。だから、彼は己を怒らせた。
アーサーは歩み寄って、肩を落とすマーギュリスの背に手をかけた。
「未来はまだ起こっていないし、決まってもいない。変えよう……! 絶対に……! 彼女はこの国の守護天使だ! 守り神トライアスだ! 守り神がこの国を壊すもんか! 彼女を守ることこそが、この国の救いとなるはずだ! 彼女を守ってやってくれ! 頼む……! マーギュリス」
「アーサー様……」
「どんな敵がやって来たって、オレ達はそいつ等を蹴散らしてやる! 誰にもこの国は傷つけさせない! オレ達には守り神がいるんだ!」
アーサーはマーギュリスの手を取り、しっかと握った。心悩ませていた占者はその言葉に深く頷き、彼の意志に従うことを示した。
城下街に広がる光の波。踊れる者達は誰もが踊り、興奮と歓びの中で全身をその波に晒していた。
今夕結ばれたばかりの男女が、光の祝福を受けながら輪の中で手を取り合い、朝が来ないことを願いながら舞う。
誰もこの国の未来など知るはずもなく、戦乱の世にあるからこそ、今だけは忘れようとして尚更、彼等はつかの間の幸福に身を委ねていた。
黒髪の少女と小柄な若者も、その中にいる。
2人は曲の変わり目に再びひしと抱き合い、愛を語った。