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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』23

 決意に要した暫時の後、占者はゆっくりと瞼を開き、顔を上げて背を正した。水晶玉の向こうに見た世界を思い出し語ろうとする彼の目は、占術を行う時の無表情なものに戻っていた。

「光が……失われます」

「……光?」

月の影は、マーギュリスの瞳の中に移っていた。今まさに未来を見ているような神秘的輝きを放ち、煌めく。それを見ているだけで、彼がこれから語ろうとしていることの信憑性が高く感じられる。

「光がこの地を去り……姿を失います。残されたこの地もまた……消滅……します」

 衝撃

 周囲の空気全てが刃となって、四方八方からその切っ先を己に向けてくるかのような。

 覚悟はしていた。だが……本当に……。

 眩暈を感じてアーサーはテーブルから離れ、バルコニーの手すりに寄り掛かった。

「国が……滅ぶ……と?」

占者は少し迷い、そして頷いた。訂正しようと一瞬だけ思った言葉があるが、遥かに重いので止めた。そこまで伝える必要はない。国が失われることに変わりはないのだから。

 アーサーは危うく立ち続ける膝の力を失いそうになり、必死に体を柵に凭せ掛けた。

 光が、失われる。

 光が……失われる。

「その……、失われる光ってのは……あいつのことなのか? あいつが……死……」

「……わかりません」

衝撃的な予見を告げていながら、その解釈については曖昧なことを言うものだから、アーサーは再び占者に向き直って、その少ない表情から考えを読み取ろうとした。占者は変わらず無表情であるが、アーサーの方はすっかり青ざめている。

「死者や死というものには、それなりの明らかな波動……光があるのです。今回の場合は、その光すらもなく……言い換えれば、どこかに見失ったというような……。正直、このようなものを見るのは初めてなので、私には全く理解できないのです。一体どう解釈すればいいものか……」

 光が失われ、国が滅ぶ。

 滅ぶ……

 アーサーは更なる眩暈に襲われて体を震わせた。これが恐怖によるものなのか、武者震いなのかは彼自身にも判らないが、体の奥底から苦いものが突き上げてきて、それを噛み締めながら、音楽と光に揺れる城下の街を見渡した。

 ビヨルクやサルトーリのように……このトライアも……?

 長い、長い、沈黙。

 彼に相談に来たマーギュリスであるが、このような怖ろしいことを告げられて平静でいられる者はいないから、アーサーが落ち着くまでは次の言葉を発さず、街を眺める彼をそっとしておいた。

 若き軍隊長と同じく、若くして城を守る近衛のトップとなった男。ただ戦闘に秀でているだけで勝ち得る地位ではない。物事を見極める冷静な目と鋭い勘、そして人を導き率いる指導力、胆力、カリスマ性を持ち合わせていなければならない。この男は、それら全てを備えていたからこそ、今この地位にあるのだ。

 彼が隊長に就任する前から、その才を見抜いていたこの占者は、その時分からこの男に憧れと期待感を抱いていた。占者の家系に生まれ育った為か、自らは不動と静寂を尊ぶ生活を心掛けてきたので、まるで正反対に位置するようなこの男が輝かしく見えていたのだ。

 清廉潔白にして明朗快活。現在の軍隊長が歴代類を見ない完璧さ、素晴らしさであるが為、その陰に甘んじているとは言え、本来ならその任に就いてもおかしくない実力の持ち主なのである。

 だから、どんなに怖ろしい未来を告げられても、彼は占者の期待を損ねなかった。深く思索する間は、予見を深刻に受け止めたことを表して長かったものの、やがて占者に向けて見せた顔は、何者にも臆することなく戦おうとする兵のものだった。

「……悪いが、オレは信じない」

攻め落とすような、挑戦しようとするような鋭い眼光。それはこの占者に対してではなく、占者の示した未来、運命に向けられたものであることを、占者も解っていた。

「あんたの能力は、これまでよく見せてもらった。あんたを否定したいわけじゃない。だが……オレは信じるわけにはいかない……! そんな結果になることを信じちまったら、負けたも同然だ! オレは変えるぞ! その予見を」

見立て通りの勇姿に占者は微笑み、哀しくも目を輝かせずにはいられなかった。

「私も……それを願っております。貴方様ならもしや……」

だが、そう言いながら占者の顔を一筋の涙が伝った。屈強な男性的魅力には程遠く、どちらかと言うと女性的であるとは言え、そう簡単に涙を流すような男ではない。だからその涙が、己の見た未来にどれ程この占者が絶望しているかを物語っていた。彼自身、信じられず受け入れられず、何度も占い直し、その都度、滅びの運命を確認することになり、絶望へと陥っていったのだ。

「光が失われた為に、この国が滅びるのか……その光が闇を招くことによって闇が国を滅ぼすのか……どれが原因となるのかは全く判りません。滅びに……光は無関係なのかもしれません。ですが……もし、そうなのではなく、光がこの国に闇を引き寄せてしまうのだとしたら……! 私にも滅びを未然に防ぐことができるのではないかと……! そう思ったのです」

これまで未来に対して向けられていたアーサーの鋭い眼光は、急に占者本人に向けられた。

「あいつが普通の奴じゃないからって、それであいつを疑うのか⁉ この国を誰よりも愛して守ろうとしているあいつが、この国を滅ぼすと⁉ 冗談じゃない! いくらあんたでも程があるぞ!」

アーサーは怒りのままにテーブルに拳を叩きつけた。グラスもデキャンタも大いに震える。それでもマーギュリスは涙目のまま、哀しみの表情を変えなかった。

「ええ……、解っております。あの方は素晴らしい。ですが……アーサー様、これまでに起きてきた諸事件が、ただの偶然ではないことを私は知っております。あの方の不手際や至らなさが原因ではないと承知いたしておりますが、それでも、あの方がいるからこそ起きているのだという現実もまた知っているのです。

 アーサー様、どうか心に留め置き頂きたい! 光と闇、昼と夜、表と裏……2つの相反するものは互いに他者を引き寄せる性質を持ちます。大いなる聖には……大いなる邪が引き寄せられるのです……!」

 世の理。神の創り給うた自然界の摂理。

 彼の語る多くが事実であるから、アーサーはこれに反論できず、言葉を押し留めて怒りを身の内に煮え滾らせた。行き場のない憤怒が心を彷徨う。

 素晴らしいが故に、尊いが故に、彼女が理不尽な立場に追い込まれようとしている。そんなことが許されていいのか……? これが世界だと言うのか……?

 アーサーは歯を食いしばり、もう一度拳でテーブルを打ち付けた。そして辺りを徘徊し、壁に寄っては壁を打ち、柵に寄っては柵を打ち付けた。荒い息を吐きながら、苛立ちの行き場を求めて歩き回り、何度も首を振った。

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