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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』22

 バルコニーでテーブルに着き、相変わらずぼんやりと祭の音楽に耳を傾けているアーサー。彼は少しずつ酒を口にしながら、時々入る報告だけを受け、役目を果たしていた。

 その様子を見て、ソニアと同じように気を遣った衛兵はバルコニーから引いていたので、伝令が来るまではずっと一人きりで夜風を浴びていることができた。

 そこへ、ある人物がやって来て、その者が衛兵にもっと下がっているよう頼んだので、バルコニー付近は完全に人払いがされ、その者とアーサーの二人だけとなった。

「少し、よろしいですか。アーサー様」

呼びかける声に気づいてアーサーが顔を向けると、そこには見知った王室専属占者が立っていた。

「マーギュリス」

思いも寄らぬ訪問者が登場したものだから、アーサーはかなりドキリとして彼を迎えた。この占い師は、これまで実にあらゆることを先見してきて、その的中率はこの国随一である。ソニアが刺客に襲われ飛ばされてしまうことも象徴的に予見していたし、それから無事に帰ってくることも的中させた。実際にソニアが帰ってきてから旅の全容を本人に聞いてみれば、マーギュリスの言っていたことと、ほぼ同じであったから、更に驚いたものである。

 とにかくあの時は、彼女が無事であるかを死ぬほど心配していたので、彼の予見でどれだけ心救われたか知れなかった。だからアーサーは、国王と同じかそれ以上に、この占者に信頼を置いていた。

 それ故に、このようなタイミングで彼が現れたことが何とも不穏に感じられ、少々緩んでいた気持ちが途端に引き締まり、アーサーの顔つきが変わった。

「風が心地良い夜でございますね。今年の祭も実に素晴らしい」

マーギュリスは堀の少ない平坦な顔で微笑を浮かべ、さりげなくアーサーに同席の承諾を促した。アーサーは手振りで向かいの椅子を勧めた。

「あんたも飲むか?」

酒はあまり嗜まぬ方であったが、珍しくマーギュリスは好意を受けた。テーブルには複数のグラスとデキャンタが用意されていたので、アーサーはグラスを取ると、手ずから酒を注いでマーギュリスに差し出した。マーギュリスは恐縮しつつグラスを受け取ると、互いに祭に乾杯した。

 思えば、この占者と二人きりになったことはない。だからアーサーはかなり緊張して彼と向かい合った。自分に会いに来たのだから、何か自分に対して言いたいことがあるのは明らかだ。

 顔の造りのせいもあって表情の少ないマーギュリスは、一見して何を考えているのか解らないところがあるのだが、視線を交わしている今は、深刻そうな覚悟が見て取れた。他に誰も見ている者がいないから、無表情の仮面で隠す必要がなく、オープンにしているのかもしれない。

「私……少し前に、個人的にある方のことを占いました」

マーギュリスはいきなりそう切り出した。いつ伝令が入って来るかわからないから、早速本題に入ったのだ。

「その結果があまりに不可解だったものですから……王様にお伺いしてみました。その時は、はっきりしたことは判らずじまいでしたが、王様は、ひとまずこの事は秘密にするよう、私にお命じになりました」

唐突に話し始められたので、暫くは何のことか解せなかったものの、ここでアーサーは何の話をしているのかに気づき、ますますギクリとして口を結んだ。

「……そこで、王様は私にはお話しくださいました。この件で、アーサー様とならお話しできるとも」

 このテーブルはバルコニーの柵に寄せて置かれており、アーサーは柵に腕を掛けていたのだが、その寛いだ姿勢を改めて、きちんと椅子に座り直した。彼の反応を見て、確かにこの話ができる相手なのだと解ると、マーギュリスの方も気を取り直すように背筋を伸ばした。

 祭の音楽が流れ漂う心地良い夜風の中、月と篝火の光で赤く浮かび上がる二人はそのまま暫く沈黙し、見つめ合った。

「……普通の方でないとは、薄々感じておりました。昔から、人々の中で抜きん出て輝いておられましたから。あの方を取り巻く光の色の、実に多彩なことといったら……」

ここ暫くふて腐れていたようなアーサーの目に、愛する者を守ろうとする強く誠実な光が戻った。

「王様が話したってんなら……あんたも彼女を守る立場にいると思っていいんだな?」

マーギュリスは頷かなかった。視線を逸らし、城下街の雑踏の方に向けて、厳しい顔をしていた。

 即答がなかった上、待っても望む反応が返ってこないので、アーサーはゾクリとした。まさか、味方ではない者に王が話すとは思えないから信じたいのだが、何とも得体の知れない静かな表情は彼を焦らせた。

「勿論……私は、あの方を大変尊敬いたしております。あれ程に素晴らしい方は、そう滅多におられません。今日このトライアがこのように健在であるのも、あの方がおられるからこそだと思っております」

彼女を認める言葉がようやく聞けたことで少しはアーサーを安心させたのだが、マーギュリスの言葉に含まれる負の因子が、チクチクと胸を刺した。

「しかし……それが、人間離れした故の素晴らしさであるとしたら……」

「マーギュリス!」

アーサーは席を立ち身を乗り出した。彼女を守る為ならば、今この場で切り捨てることも厭わないようなおそろしい気迫が眼光に漲り、それを至近距離で直に浴びたマーギュリスは自分の心臓が止まったかと思った。

「……どうか、誤解しないでいただきたい」

そう言う声は微かに震えていた。この占者は昔からアーサーのことも好いていたのだ。若く気持ちのいい好男子であり、城の防備を任せるに足る戦士として。その彼をわざわざ脅し困らせたくてここに来たのではない。自分なりに悩んだ挙句、彼に相談することを決めてやって来たのである。

「私とて、あの方をお守りしたいのは山々なのです。できることなら、何も起こらずに時が過ぎてくれないものかと、心底願っているのです」

アーサーはハッとして目を見開いた。ますます背筋がゾクリとしてくる。

「何か……見えたのか?」

マーギュリスの震える瞳が、その答えだった。頭を長い頭巾で覆い、僧侶の如く厳粛な装いに身を包む占い師は、視線を卓の上に落として尚も震えた。

 その容貌ゆえ年齢不詳である男なのだが、アーサーより年上であることは間違いない。しかし権力の上でも、今この場での気迫においても、アーサーは彼の上官だった。

 マーギュリスは目を閉じると、彼の判断に頼りたかった自分の揺れる心を表して深く吐息した。国の護りにおいて重要な地位にありながら、彼女のことを心から庇い守ろうとするアーサー。少し不穏な言葉を口に上らせただけで、たちどころにこのように怒気を顕わにしているのだから、如何に真剣であるかがよく解る。だからこそ、彼に相談したいと思っていたのだ。

「私は……時々、思うのです。占者とは、一体何なのだろうと。ただ求められるままに星を読み、未来を読み、解釈して言葉に換え、それを人々に伝え、その報酬を日々の糧にして生きる……。我々の役目は、それだけなのだろうかと」

 風に乗ってやって来る街の音楽は、悩める二人の男を嘲笑うかのように酷く滑稽に聴こえる、軽く華やいだものだった。しかし、二人を包む空気というフィルターを通り抜けると、その音楽は調を変えたように重々しく響いた。マーギュリスの手にしたグラスの酒に月が映り、それが小刻みに揺れている。

「……例え未来を知っても、我々占者自身がそれを作り変えてはならない。それが……我々占者に受け継がれてきた掟でした。それを守れるからこそ、神が我々に未来を見る力をお与えになるのだと。先見や予言を授けた人々が如何に行動しようとも構わないのですが、我々は決して手を加えてはならないのです。

 でも……果たして本当にそうなのでしょうか? 凶兆にも目を瞑り、闇が迫り支配しようとしている中でも、見て見ぬフリをせよと……そのようなことを神は仰るのでしょうか? 占者も人の子。自らの手で、未来を作り変えてはならないのでしょうか……?」

アーサーはまだ身を乗り出していた。油汗が風に撫でられ、ずっとゾクゾクしている。

「マーギュリス」

占者は目を閉じ俯いたまま、顔を上げようとはしなかった。

「……何を……見たんだ?」

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