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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』21

 巡回を兼ねて軽く城下街を一巡りした後、夕刻にアーサーは城へと帰り、参謀長官と入れ替わりで任務に戻った。夜を徹して行われる祭であるから、真夜中でさえ音楽が絶えず、特に今夜は花娘達のカップルが一晩中踊り明かせる格別の夜であるから、街の活気は衰えることを知らなかった。

 例年通り、城でも宴が催されている。沢山の篝火でライトアップされた城は、街のどの方角から眺めても黄昏色に輝いていた。警備の兵は滞りなく配置についているし、非番の者は存分に祭を楽しんでいる。祭の運営を司る者も休まねば支障をきたすので、上から下まで役職の例外なく皆が交代するか、仮眠をとるかした。

 明日一日休暇となったソニアは、ここでそろそろ一息入れて、後は夜半まで仕事を続けるつもりである。夜間は城内解禁ツアーも休みとなるので部外者の出入りがないから、ひたすら待機して警備の経過報告に耳を傾けるだけだ。

 仕事に戻ったアーサーは、パレードがどんな風であったかということを一通りソニアに話すと、バルコニーに持ち込んだテーブルに着いて、祭用に用意された酒を少しずつ口に含みながら、城下街で演奏されている輪舞曲に耳を傾け、夜景を眺め感傷に耽った。

 そんな彼の姿を見ていると、長々と話をするより、そっとしておいてあげた方がいいような気がして、ソニアは後ろ髪引かれながら執務室を後にした。


 自室で休憩を取ることにしたソニアは、ランプの灯りを小さくして薄暗くした中、ベッドに腰掛けて横にもならずに考え込んだ。

 祭の音楽がテラスから風に乗って入り込み、部屋の中を流れていく。この祭が終わる時までに、自分は答えを用意していなければならない。それなのに、早くも一日目である今日が終わろうとしている。勤務中も様々な人から挨拶され、是非王権をと言われて止まなかった。朝のパレードもあったし、日中もずっと忙しい上にそんな調子だったから、落ち着いて考える暇もない。やっと今、誰にも邪魔されずに考えられるようになったところだ。

 自分は一体、どうすべきなのだろうか。人も羨むこの申し出を受けて、ゆくゆくはトライアの王となるべきなのだろうか。あの病身であるし、この戦乱の世にあって、いつ国王自身が崩御されるかわからない状態だから、早く後継者を立てるべきだという必要性は確かにある。事実、自分とアーサーしか把握していないことではなるが、明日にも皇帝軍の襲撃があるかもしれないから、一刻も早く後継者を固めておかねば後々国の存続に支障が出る。

 だが、その役を担うのが自分でいいかどうかは別の問題だ。

 王が全てを承知の上で、敢えて指名してくれたことは解っている。だが、それでも、自分ではあまりにリスクが大き過ぎるのではないかと思った。

 つい先日、思いも寄らぬ所から挑戦者が現れて、城下街がそのとばっちりを受けたばかりであるし、ルークスとの遭遇も偶然ではなくて、テクトでの戦いぶりから天使と間違われた自分に対する調査が大本にある。その結果、危うく近隣の村が壊滅するところだったのだ。どちらとも死者が出ずに被害が留まったことはありがたいものの、修復という手間をかけさせたことは事実であるし、森はかなり焼けてしまった。その後にセルツァが何かしてくれているのか、普通よりは格段に早く森が再生している様子なのだが、それでもあの襲撃はかなり痛かった。

 これからもまた、自分を目当てに何かがやって来る可能性は十分にある。何せ、その全てを把握しきれていない始末なのだ。

 王権を受け入れれば、今まで以上にこの城に居なければならない。そうすれば、自分を狙ってやって来る者との戦いは、おのずとこの都になってしまうだろう。幾度も、幾度も、この都を焼きたくはない。

 だが、一方でこんな夢もあった。王になれば、人々の受容性をよく見計らいながら、少しずつ異種族との接触を増やしていき、トライアの民達に異種族との触れ合いを常態化してもらって、ゆくゆくは友好的な者ならば、どんな種族であれ気軽にこの国を訪れられる、そんな国を率先して作ることができるのだ。それが実現できたら、こんなに素晴らしいことはないだろう。

 しかし、今は戦時。そんなことに着手している余裕はなく、外敵に対する備えの方が強く求められる。この大戦が終わって、尚且つこの国が無事に残っていなければ始まらないことなのだ。

 だから大戦中は、自分のような者がこの申し出を受けるのはとても躊躇われる。国王もそれを承知しているはずなのだが、どうして自分を指名したのだろうか。断られることを前提に申し出をするような無駄な儀式をする人物ではないから、本当に自分が王権を継いでくれることを願っているのは確かだ。

 自分にまつわる問題や諸事情をあれだけ打ち明けていながら、それでも受け止めてくれた王の申し出であるので、簡単に断るのも申し訳なく思う。

 しかし、“大戦が無事終結した時のみ王権を継承します”なんて都合のいい受託の仕方はできないし、返事そのものを大戦終結後まで待ってもらうことを願うわけにもいかないので、受けるか、受けないのか、とにかくそれを明確にしなければならない。

 誰かと相談したいのだが、今日のアーサーは何だか彼の方こそしょげている感じで、不安を打ち明けるには向いていない様子だったし、セルツァはずっと現れないままだ。自分の出生にまつわることで襲来する可能性のある他の敵について話を聞いておけば、決意を固める上での参考になるかもしれないのだが、それもできない。こちらとしても彼に言っておきたいことが山ほどあるのだが、エリア・ベル側の都合で顔を合わせ辛いのか、隠れたきりである。彼の任務内容を考えると、今もまだ何処かで陰ながら自分を守ろうと身を潜めていると思われるのだが……。

 そうすると、後は国王本人しかいないのだが、国王には言い難いことも多々ある。

 あの夢の中で母に言われ、もはやアイアスを待ってはならぬと考え、忘れようとするものの、そんな簡単に行くはずがなかった。心掛けても、努力しても、十数年間心待ちにした愛する人との再会を諦めることなど、誰がすんなりとできるだろう。もしアイアスが現れ、さぁ、世界を守りに一緒に行こうと言われたら、自分は何を置いても一緒に旅立ちたいと思うだろう。勿論、トライアが無事であることが前提で、そうすることがひいてはトライアの為にもなると信じられる場合にだが、そんな思いがまだ心の内にあるということを、あの国王に言うのは忍びない。

 そして、これこそ国王には言い難いことだが、この国はもうじき皇帝軍の中でもかなり厄介な大隊によって攻められるかもしれないのだ。アイアスと同じ天使であり、ヴィア=セラーゴでも一度対面している竜人を大隊長に戴く軍団が。それらのことを伏せてする相談など、今は気休めにもならないだろう。

 こんな状況で、遠い未来のことなど考えていられるだろうか。まずは、どうやってこの国を滅びから守り、国王の命を守るか、それだけを考えなければならないのに。主人であり、父でもある国王を死なせることがあったら、兵士としてそんな不忠の極みを味わってしまったら、自分は生きていられないかもしれないのに。

 ソニアは胸元の巾着を取り出すと、それを額に押し当てて、パンザグロスのペンダントやダンカンの形見に救いを求めた。重責のあまり、そして答えが見つからぬあまり、とても仮眠など取る気にはなれなかった。

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