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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』20

 小道をぐるりと回り、小さな川にかかる小橋が見える所に来ると、アーサーはそこで馬を止めた。物陰から小橋の様子をそっと覗き見る。橋の上に何組か男女がいるのだが、その中の一組にミンナがいた。頬を赤く染めて、熱っぽそうに俯いている。

 兄の目から見ても、白地のドレスに花冠を戴き、日に照らされながら恥じらうミンナの姿は輝くばかりで、艶があった。

 隣に立つ者は、男としては小柄な部類に入る身の丈の若者だった。ミンナよりは高いが、アーサーと比べれば頭一つ分はゆうに違うだろう。しかし体つきはしっかりとしたもので、その体格から、その男が兵士であることがアーサーには判ったのだった。そう言えば、城の中で見かけたことのある顔である。グレーの短髪が、床磨きに使う清掃用具を思い出させた。

 遠巻きに見ていると、ミンナはまんざらでもない様子でひたすら頬を染めて立ち尽くしている。男の方も照れ性らしく、なかなか顔を合わせられずにモジモジとして困り果てていた。それで、よくここまで連れ出して来たものだと思ってしまう。

 しかし、やがて決断したようで、男は顔を上げると彼女の手をおそるおそる取り、お互い正面向き合った。何か言っているが、勿論ここからでは聞こえない。だが、どんなことを語っているのかは容易に想像がつく。自分も同じ穴の貉だからだ。アーサーはただ、ただ、呆然とそこで成り行きを見守った。

 男がひとしきり一方的に言い続け、それが終わると、目を離せず固まっていたミンナがふと顔を背け、口元を手で覆い、尚も酷く紅潮した。

 男は顔を背けられて不安そうになり、落ち着かない様子で彼女の顔を覗き込むのだが、それから何やら悔しそうに手を離し、橋の手摺りに寄りかかって下を流れる川に視線を落とした。

 二人は暫くそうしていたのだが、ふと、何かに気づいたように男が顔を上げ、ミンナに何か問うた。何かを確かめている?

 そして、その問いに答えるようにミンナは頷いた。顔を手で覆って隠しながら。

 もう一度訊く。彼女は再びコクリと頷く。

 すると男の顔はパッと明るくなり、彼もミンナに負けぬ程に赤面して、改めて彼女の手を取った。そして二人は互いの顔をジッと見合う。

 男は微笑む。そしてミンナも……それに応えて笑った。

「良さそうな人じゃない」

アーサーはその声で我に返って、すぐ側でアイリスが立っているのを知った。同じようにこの光景を盗み見ていたらしい。アイリスの場合はアーサーと違って笑顔だった。優し気な眼差しで二人を見ている。

「ほらね。あんたより早く行っちまうよ。あの子は」

純情そうな二人の姿を羨むように暫く眺めながら、アイリスは吐息した。

「あの子……あの人のこと、ずっと好きだったんだね」

まだアーサーは口が利けない。幸せそうな若者二人の姿は、花と音楽と光に彩られていて、彼の入り込めない世界を築いていた。傍観することしかできない領域だ。

 やがて、フッと溜め息をついて笑うと、アーサーはこれ以上見るまいと決めてジタンを反転させ、来た道を戻ることにした。そして振り返り、アイリスを見た。

「……乗ってくか?」

アイリスも、今度は断らなかった。


 アーサーはアイリスを自分の前に乗せてジタンを歩ませ、街を見下ろせる小高い丘へと上っていった。馬に乗ることなんて滅多にないし、しかもそれが立派な軍用馬で彼と一緒だから、アイリスはずっと胸をドキドキとさせて鞍と彼に掴まっていた。

 こんなところを見られていいのかと言ってやろうかと思ったが、彼のことを差し置いて第三の男などに目を向けている彼の想い人のことを考えると無性に腹が立ち、このままでいいやとアイリスは本当に何も喋らなかった。

 傾斜の途中でジタンの足を止め向きを変えると、アーサーは街を一望にした。花娘達が皆、何者かに伴われて散り散りになっていく。その様を見ている彼の目は切なげだった。ぼんやりと視界に入れてはいるものの、個々をはっきりとは見ないようにしていた。どれがミンナなのか知りたくないからだ。

「……やっぱり、お兄さんて嫉妬するものなのかい?」

「そうでないと言ったら……嘘になるだろうな、オレについては。……正直、驚いたよ。偶にちょっとしか帰らないせいかもしれないが……男の話なんか、一度もしたことなかったからな」

語る彼の口元に笑みが見えるので、アイリスは少しホッとした。妹を取られそうで嫉妬する兄など可愛いものだと思うのだが、どんなことであれ、彼が苦しそうな顔をしているのを見たくはないものだ。苦しいのに、その姿を見せてくれないのはもっと辛いが。

「でも……解ってたことさ。いつかはこうなるんだ。オレはミンナを一生見る男じゃない。兄貴なんだ。妹として気に掛けることはずっと続けるが、あいつを一生大切にしてくれる伴侶は別に必要なんだ。あいつもまた、そいつのことを幸せにしてやれるようにな。……妹の幸せを望まない兄貴が何処にいる」

アイリスは、こんな兄がいたら良かったのにと思い、一人娘だったことを少々悔やんで彼の胸をポンポンと優しく叩いた。

「……辛いのね、お兄さんて」

彼は目を閉じ、深く吐息した。

「ただ……」

「……ただ?」

祭の音楽に掻き消されそうな囁き。彼はそっと瞼を開け、城をに目を向け、そして遠い地平線を見た。自嘲にも似た、哀しい笑顔がそこにあった。

「なんだか……急にオレの前から、オレの大切にしているものが……皆、遠ざかっていうようでな」

「アーサー……」

彼は再び兜を深く被り直し、また少々顔を隠した。

「済まない、アイリス。ここでいいか?」

アイリスはただ頷くことしかできず、彼の手を借りて馬から降ろしてもらうと、丘を下っていく彼の背中を見送り、立ち尽くした。ミンナのことは慰めてやれても、もう一方のことは自分ではどうしようもない。恋敵がいなくなるかもしれない喜びなど感じられず、アイリスはただ、彼を憐れんだ。

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