表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
251/378

第4部30章『トライア祭』19

 ミンナをジタンに乗せて花娘達の集合場所へと送り届けたアーサーは、その後は少し距離を置いて通りから花娘達のパレードを見守った。

 花や布でとびきりおめかししたロバや馬の牽く山車の上に乗れるだけの花娘が立ち、観衆に手を振りながら花を一輪ずつ投げ渡した。そんな山車が何台も続く。若いということの美しさがどの花娘達からも溢れ出ており、花と共に輝いていた。

 朝の国軍パレードより進行は遅いので、街を一巡りするのにはもっと時間がかかる。この行列にも音楽隊が付いて回り、軍隊行進曲よりずっとロマンチックなメロディーで観客達の心を盛り上げた。

 そして、この山車のすぐ後ろにそれぞれの娘の母親か既婚の姉等が付き添って歩き、ドレスや花に乱れが生じたら、すぐに助けてやれるようサポート役を務めるのが習わしになっており、ミンナの母もミンナの乗る山車の後ろで歩いていた。だから、アーサーは一人離れてパレードを見ているのである。

 乾季の澄み切った青空の下で行われるこのパレードは、この祭の中でも美しい行事として受け継がれている。地方や異国から来て初めてこの祭を目にする者達は、勇壮な国軍パレードに続いてこのトライアの美を堪能し、早くも満足していた。だが、祭の醍醐味はまだまだこれからなのである。

「アーサー」

街角で馬上からパレードを見守るアーサーの姿を見つけてやって来たのはアイリスだった。

「やぁ、アイリス。やっぱりお前も出ればいいのに」

「柄じゃないもの」

アイリスは眉を上げて笑ってみせた。彼女は上京してから一度もこの花娘パレードに参加したことがない。参加は義務ではなく自由意志なので、諸事情で出場しない娘は何人かいるものだが、彼女の場合は夜の仕事をしている自分が、太陽の光の下で花に囲まれて街中をうねり歩くなどというのは全く相応しくないと思っているのだった。

 想い人と結ばれる望みがもっと高ければ、一度くらいは参加して、自分の美意識でできる最高の技でめかし込んで晴れ姿を見せ、心を射止めようとしたのかもしれないが。

「ありがとうな、ミンナの化粧。さすがだよ。とっても綺麗だった」

「お安い御用よ。結婚式だって、頼まれれば全部見たげるわ。私の妹も同然ですもの」

どこの世界の男親もそうであるように、結婚と聞くとアーサーはドギマギとした。全てを承知の上でアイリスはからかっており、悪戯っぽくウインクしてみせた。

「五つも離れてんのに、この分じゃあんたより先に行っちゃうでしょうね。あの子」

「なんだよ。そんなこと言いに来たのか? お前」

「フフフッ。だって、あんたときたら、本当にトロトロしてるんだもの。ね! お・兄・さん!」

アーサーは不承面で顔を赤くし、それが人に見られぬよう兜を深めに被った。街角であるし、近衛兵隊長見たさに人も集まっているから、すぐ側にいる者達には聞こえてしまっている会話だ。なんだ、なんだというように興味津々で耳を傾けている。

「で、どうなの? 最近は」

「……」

「良くないのかい?」

「……なるようにしか、ならないさ」

あまり良くない返事に、例の第三の男がかなり優勢を占めているのかと思い、アイリスは驚いた。だが、口に出すわけにはいかない。彼との約束だ。それに、彼女の耳にもソニアの王位継承権受託についての噂は入っている。ますます単純な恋愛では済まなくなるかもしれないから、彼としても大いに悩めるところなのだろうと思い、労しくなった。

「ふぅん……」

 二人はその後、ただ黙ってパレードを眺め続けた。そして場所を何度か変えては無事の進行を見守った。

 全ての山車が、終点である街角の広場に辿り着いた時には日もすっかり傾き、街中の空気は祭一色になっていた。アーサーとアイリスの二人は、ミンナに声を掛けてやろうとその広場に向かい、人混みの中で彼女の姿を探した。同じ目的の人間が大勢集まっているから、まともに前に進めないくらいだ。馬上のアーサーは人より彼女を見つけ易いはずなのに、それでもミンナの姿はなかなか探し出せなかった。

 今回は妹が参加するからこのパレードにやって来た彼であるが、そういえば、これまであまりきちんと見たことがなかったことに今更ながら気づいた。ソニアが出ないと解りきったこの行事に関心が向かなかったからである。だから、彼は今頃になってこの祭の風習を思い出したのだった。

 今ここでは、男達がこぞって意中の娘に声を掛けるべく争っているのだ。今夜のダンスでパートナーとなることを申し込む為に。誰より必死な者はパレードの終盤には山車の近くに来て、終わり次第声を掛けて攫って行ってしまうのだ。

 だから、もしかするとミンナは……

「どう? いた? ミンナは」

相乗りを勧められても彼の評判を気遣って断っていたアイリスは、彼を見上げて馬上の彼の目に頼った。

「いや……」

そう言った瞬間、彼の目の端にとある小道へと入っていくミンナの後姿が映った。花冠のレカンといい、黒髪と言い、おそらく彼女に間違いない。

 アーサーは違う道から回って追いかけようとジタンを進ませ、少しは人の少ない路地へと入っていき、彼女の姿を追った。何も言わずに彼が突然行ってしまったものだから、アイリスは慌てて後を追いかけた。こちらに目もくれず夢中であるから、アイリスは気分を害するよりも驚いた。

 彼はアイリス以上に驚き、慌てていたのである。ミンナらしき娘が、何者かに手を引かれていたから。

 母ではなかった。そして何より、女ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ