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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』16

 晴天の朝、日の出より二刻。

 白地に王冠が描かれ、その周囲を赤、青、黄緑、茶、四色の植物紋様が囲んで絡み合う図柄のトライア国旗は、程よい東風で絶え間なくはためき、朝の光を浴びていた。

 煉瓦造りのトライア城。真東に位置する大正門は、この時間帯、特に眩しく輝いている。木材と鋼鉄で頑丈に造られた門は完全に開かれ、その前にズラリと兵士が並んだ。城を背に一列になって、頭から足の先まで芯の通った置物のようにピンと背筋を伸ばし、両腕を腰に据えて静止の体位を保っている。その数およそ50名。

 城壁上にも居並んでおり、その者達は片手に小さなトランペットを持って整列している。その間には正規のトランペッターが立ち、より大きくて音域の広い楽器を手にしていた。こちらが訓練された音楽隊であり、他は通常の兵士だ。全員の数を合計すると、城門前には100名近くの兵士が揃っていることになる。

 この近衛隊による開催のファンファーレを観る為に、街中から大勢の客が集まり、正門前に押し寄せていた。兵の通り道には白線が引かれており、人員整理の兵が境界線に立って、そこより先に人々が入らないよう監視している。観客達は少しでもよく見えるようにと境界線ギリギリにまで迫り、背伸びをしたり子供を肩に乗せたりして正門の中を覗き込み、居並ぶ兵士達を眺めていた。

 初めてこのオープニングセレモニーを目にする旅行客や遠方よりの客は勿論、毎年見ている地元の者でさえ、この時には興奮せずにはいられないのだ。

 赤い兵服の近衛達はよく訓練されており、どんなに呼びかけられても微動だにしなかった。開け放たれている大門の向こうには4名の歩哨が見えるだけで、これから何が出てくるのかは解らない。だが、このセレモニーを知っている者は、その陰に大勢の国軍が騎馬と徒とで隊列を組み、待機していることが解っている。今はその片鱗も見せず、歩哨以外の者は誰も横切らない。

 やがて、この正門前から見える位置にある城のテラスに王夫妻が現れ、観客達の熱烈な挨拶に応えた。敬意と喜びをもって手やハンカチーフや小国旗を振る人々に、王は王笏を掲げ、王妃は優雅にヒラヒラと手を振った。王夫妻が姿を見せれば、セレモニーの開始は間近だ。

 王が、市民からは城壁に隠れて見えない位置にいる楽隊の指揮者に目線で指示を出すと、小太鼓を首から下げている一団が一斉にスティックで太鼓を打ち鳴らし、辺り一帯に緊張感と興奮を広げて観衆達を沸き上がらせた。ついに始まりだという歓喜で正門前は一杯になる。小太鼓は何度か音を波立たせると、二度強く打ち付けて、その後ピタリと叩くのを止めた。

 暫時の後、門の向こうから一人の兵士がシルエット姿で現れ、小気味良い足取りで大股に兵士らしく進み、朝の光の中に出てきた。居並ぶ兵士達と同じ赤い兵服の近衛兵だ。しかしこの人物だけ特に華麗な白銀の鎧に身を包んでおり、腰にも見事な長剣を差している。黄金鷲の紋の兜。近衛兵隊長だ。

 この晴れ姿を見られる、またとない機会を逃がさぬ為にやって来たファンの娘達は、そこここで黄色い歓声を上げる。

 そのまま真っ直ぐ進み出てきた近衛兵隊長は、整列している隊員よりも更に数ディーオス観客寄りに前へと出ると、クルリと踵を返して直立し、部下の面々と王夫妻を見渡してから、スラリと長剣を鞘から抜いた。朝日にキラリと輝く剣で天を指し、それを胸元に降ろしてピタリと止める。

 そして今度は体ごと王夫妻に向かい、再び剣を掲げると、大振りに胸と踵を打って敬礼した。遠巻きながら、王夫妻がそれに応えて頷くのが見える。

 それを見届けた近衛兵隊長は再び向きを変えて兵士達と向かい合い、今度はやや長めの静止を取った。これが大切な間である証しである。

 そして、国旗が十度目のはためきを終えた頃、彼の剣がやや浮いてもう一度胸を打つと、居並ぶ近衛隊達が揃って抜刀し、剣を掲げて胸に当て、城壁上の奏者はトランペットを掲げて、何時でも演奏できる体勢になった。トランペットに垂れ下がる三角形の国旗が風に靡く。

 隊長が垂直に剣を掲げ天を指すと、乾いた空に澄んだトランペットの音が鳴り響いた。ファンファーレ特有の、単調だが重厚な旋律。繰り返される定フレーズ。城下街の隅々までそのメロディーは通り抜けていき、店舗の準備や運営の為にこのセレモニーを見に行けない者や、自宅の窓からパレードを観ようとしている者達にも、セレモニーの開始が判ったのだった。

 一年間お待たせしました、といった長さのファンファーレが伸び伸びとした高音階のラストで締めくくられると、再び出番は正門前の近衛隊に移り、隊長の指揮で剣を上に下にと振りながらきびきびと各々の立ち位置を変え、前進と後退、その場回転を組み合わせているうちに、城門から真っ直ぐに伸びる花道を形成した。

 二列になって向かい合う花道の位置が固まると、最後に皆で地を踏みつけて踵を打ち鳴らし、剣を前方高くに掲げて、向き合う者同士で刃先を合わせ、アーチ形の屋根を作った。幾本もの剣がキラキラと日の光に眩しく輝き、正に光の道とも言うべき武者の道が完成される。

 すると間もなく、城門の向こうから再び小太鼓のリズムが始まって、それに大太鼓や笛、弦楽器、トランペットなどが重なり交わって大きな音楽となっていった。心浮かせる軽快なテンポ。軍隊行進曲だ。

 そして一度に複数の発射音がすると、城の上高くで目の覚めるような花火が炸裂して心地良く城下街一帯に響き渡った。薄灰色の煙が上空に咲き、風に散っていく。観客達は早くも有頂天で、上気のあまり隣同士抱き合ったり叩き合ったりした。

 行進曲が盛り上がりを見せ、曲調がますますはっきりと明確なテンポで刻まれるようになると、ようやく城門の向こうに大勢のシルエットが現われ出で、歩兵が先頭になり、国旗を刃先に着けた槍を天に突き上げて光の中に歩み出てきた。国軍第四中隊が槍兵として行列の前後を担当し、8人の槍兵に囲まれながら中隊長のみが騎馬で登場し、大国旗を掲揚しつつ前進してくる。

 この先頭集団が近衛隊の花道に差し掛かると、近衛隊の奥から順に波のように剣を真上に掲げ直し、歩兵達に道を開けた。

 槍兵隊は近衛に見守られながら花道を進み、馬上の第四中隊長と近衛兵隊長が互いに敬礼をした。中隊長は旗を水平にしてから捻って垂直に持ち直し、近衛兵隊長は長剣を隊列の進行方向に向かって振り下ろす。これにより、隊列は左へと進路を変えて、民の待つ大通りの方へと行進していった。

 完全武装の兵士達にすっかり興奮して舞い上がっている観客は、拍手喝采しながら飛び上がったり腕を振り上げたり跳ね回ったり、沿道を波立たせてとにかく大騒ぎだ。

 第四中隊の槍兵が過ぎると、続いて第三中隊がやはり徒で登場し、中隊長のみが騎馬で指揮を執って行進した。花道を越えると全員が抜刀し、空を高く指し示す。観客達は大喜びだ。

 その後には楽隊が続き、首から打楽器を下げたり腰にベルトで固定させている楽器奏者達が、笛や弦楽器等、各々の楽器を鳴らしながらチームで進んでいった。これらの楽隊がいるので、城から離れても行列から音楽が途切れることはない。

 そして楽隊の次には第二中隊の槍兵が続き、各中隊パレードを担当するメンバーの半数がこうして城門前広場を通り過ぎ、街へと出て行った。

 パレードの中間に差し掛かって、ようやく騎馬隊の姿が城壁の向こうから現われ、国軍花の第一中隊の登場となった。第一中隊は全員が参加し、100名全てが騎乗して兵も馬も十分に装甲し、鎧を日に輝かせ、その煌びやかな勇姿を観衆に披露していった。

 やはり最精鋭であり、国軍にとってのヒーロー達である第一中隊の登場は老若男女問わず全ての観衆を大いに湧き立たせ、大歓迎を受けた。

 栗毛や鹿毛、葦毛、灰斑や黒毛の馬が続く中、この騎馬隊の中央に唯一頭の白馬が堂々と進み出てきた。馬上の者は、これら兵士の中で唯一人特殊な青銀色の鎧を身に着けている。そして銀装飾の柄と鞘が美しい細身の長剣。歴代数十名の国軍隊長と同じく白馬に跨るソニアは、最も大きな歓声で迎えられ、それに手を上げて応えながら、このパレードの主役を務めていった。

 昨晩の宴でどのような発表があったのかは、既に城下街にも噂として流れ、多くの者が知っており、この輝ける守護天使が未来の王になると信じて疑わないから、尚のこと愛と信頼を叫んだ。元は国軍全体の勇姿を披露する目的のパレードなのだが、彼女が国軍隊長の地位に就いてからというもの、そして今回は特に、彼女を見せることが目的のような空気が強くなっていた。

 大歓声に見送られる彼女の後には、前半部と全く鏡写しのように構成された残り半分の第一中隊騎馬兵隊、槍兵隊、楽隊、剣兵隊、槍兵隊と続き、行列の殿を第四中隊副隊長が騎馬による国旗の掲揚で締め、長い隊列が完成したのだった。

 国軍のパレードが去った後、近衛隊は隊長の指揮により、またきびきびと配置を変え、元通り一列横並びになると剣も鞘に納め静止を保ち、今度はパレードが街を一巡りして戻ってくるまでの間、その状態で待機をするのだった。

 沿道では様々な者達がパレードを待ち受けており、窓から身を乗り出して花弁や紙吹雪を散らす者や、手持ちの楽器やただの生活用品を興奮に任せて打ち鳴らす者、喜び走り回る者などで溢れていた。

 祭の装いになった街は色とりどりに飾られており実に華やかで、その中を輝く装甲兵が隊列を成して行進する様は実に生命力に満ちている。この光景を好んで描く画家もいるほどだ。そして、視覚的に素晴らしいこの光景に賑やかな音楽と人の歓声が加わることで五感を刺激し、更に悦びと熱が高まり、都市を包んでいく。

 音楽が途切れぬよう、街の要所要所に配置された小さな楽隊は、パレードの音楽が近づいてくるとそれに合わせて自らも演奏し、子供達は疲れも知らずに何処までも隊列について走り回り、お目当ての兵士がいる若い娘等は、相手の姿が見えると名を呼んで祝福し、花束を投げた。キャッチできれば受け取ってもいいことになっているので、花を持ったまま歩く兵士も出てくる。投げ損ね、受け取り損ねもあるので、そうした落下物を回収する担当者も各地点に配置されていた。彼等は隊列の間を縫うようにして身軽に忙しなく動き回る。

 そうしてパレードは丸々一刻続けられ、城下街を大きく一巡りして、噴水広場や国立劇場前も通り、やがて城へと戻っていったのだった。

 祭の始まり。トライア王国大祭の始まりだ。

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