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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』14

「やはり……そうであったか……」

夜明け前の薄闇の中、ハイ・エルフの村エリア・ベルでは、まだ村のあちこちに美しい光が灯っている。天に向かて聳える巨木マナージュで無数の寄生植物の花や実が光り、星のように瞬いており、その麓の家々でも、軒先や道に咲く夜光性の草花が青や緑の透明な光を放っていた。白壁の家々が程よくそれらに照らされて浮かび上がり、実に美しい絵を描いている。

 風は穏やかで、微かな虫の音をゆったりと運んで広げていく。その中に時折、夜行性妖精の歌声や演奏も混じり流れてくるのだが、人々の眠りを妨げるようなものではなくて、とても優しいから、村全体はしっとりと平和な静寂の中にあった。

 聖なる領域にある、この村の空気とこの夜に触れれば、おそらく不眠症に悩むどんな者とて心地良い微睡に浸れることだろう。

 そんな夜明け前の長老宅では、この時分にも関わらず起きて話をしている者達がいた。ベッド脇の百合を模ったガラス製ランプが灯されており、その光がカーテンの隙間から外へと微かに漏れ出ている。天蓋付きのベッドに横たわる長老エアルダインは目を閉じて、今しがた耳にした報告の感慨に耽っており、その枕元で一人の妖精が立っていた。そうすれば長老が身を起こさなくて済むし、こうして耳の側で話してやれば、老人の耳でも話がよく聞こえるから丁度いいのだ。

 世話役のアイーダは別室でまだ眠っており、この密談はエアルダインとその妖精とだけで秘かに行われていた。

「エア様の遺された、奇蹟の護りという防具のお力によるものだそうです。エア様の御姿も出現し、その御手で事を成し遂げられたということです」

人間なら十代前半の若者に見えるその妖精は、過去にポピアン等と共にエアに仕えていた仲間の一人であり、エアが村から追放された後も側近くで面倒を見ていた者である。この度のソニアにまつわる活動全般は、これら過去の事情に通じている妖精達によって主に担われ、ポピアンが村にいない今は、このナージャがセルツァとの通信役を請け負っていた。

 魔法による遠隔通信で連絡を取りもするが、今回は直接トライアのセルツァの許まで出向き、姫君のおわす人間世界を観察してきたので、やや興奮気味になっているところである。

 ナージャはセルツァから得た情報について、一つ一つ詳細にエアルダインに報告した。何やら人間のフリをしている謎の魔物もソニアを守っており、彼女自身に放っておくよう頼まれていること。かなり忠実で魔術も得意であるから、役には立っているようだ。

 そして、彼女を結果的に殺害してしまったヌスフェラートの男も、今は抜きん出た戦力となって彼女を守護し、それにより今回のヴァリアルドルマンダ嬢の一件でも大いに活躍したということ。その為、この男に制裁は不要であるとセルツァも判断し、ソニア自身もそれを望んでいる。

「今回は幸い人間側に酷い怪我人や死者等は出ずに済んだようなのですが、かなりの騒動だったようです。ヴァリアルドルマンダは説得を聞き入れ、ようやく退散なさったそうですが、念の為、ワー・エルフからも同じような挑戦者が来ないか、或いは他方面からの刺客等が差し向けられないかには、引き続き十分に警戒せねばならないと、セルツァさんは仰ってました」

「……そうじゃのう」

「それで……ソニア様に今回の事の背景を自分から語ってよいものか、判断に迷われているそうで、セルツァさんは今は姿を隠されています。あまり長引くと信用問題にも関わるから、早く何らかの形で伝えるべきだとも仰っています」

エアルダインは目を閉じたまま報告を全て聞き入れると、リュシルにも同じ報告をし、夜が明けたらここに来るように伝えてくれとナージャに命じた。ナージャは壁を通り抜けてすぐに寝室を退出し、リュシルの住まう館へと向かった。

 ナージャが去った後、エアルダインはランプの火を消し、深く深く吐息して瞑想に入った。サイドテーブルの花瓶に飾られた満月草の花が仄かな光を花弁から放ち、エアルダインの皺だらけの顔を月下の老木のように照らした。傍目には再び眠ったか、死んでしまったかに見える姿である。だが、頭ははっきりと覚醒し、ある事を深く考えていた。

 それは、ナージャが訪問する直前まで眠りの中で見ていた夢の内容であった。夢を見ること自体非常に珍しくなってきたこの齢であるが、先日、彼女の孫娘ソニアが白い飛龍と共にいる夢を見てからというもの、こうして夢を見ることが多くなっていたのである。

 今回ソニアの身に起こった一時的な死は予知することができなかったが、代わりにその事実はエアルダインの部屋に置かれた鏡に亀裂となって表れていた。孫娘に危険が迫る度に予知夢としてそれを見ているのかとも当初は思っていたのだが、どうやらそうとも限らないようで、正に今起こっているらしい事象を目にすることもあれば、鏡面に走る亀裂のように、事後になってから何らかの物理的現象で間接的に知らされることもあるのだ。

 それ故、エアルダインは、今見たこの夢が果たして未来を予知しているのか、それとも今現在起こっていることなのか、それとも全く関係のないことなのか、その判別に頭を悩ませることになった。

 その夢とはこういうものだった。

 まず、おそろく深い闇がそこにある。どうしてそれが途方もない暗黒の世界なのかを知り得たのかは何とも説明のしようがない。夢とは大抵そういうもので、その世界にいる時は当然の了解事項としてその世界の在り様を知っていたりする。そんな風にして、その暗黒が幾層もの世界と距離によって包まれた、世界の最深部とでも言うべき所にあると夢の中で理解していた。

 ただの深い穴、というものではなく、例えるならば海の底のそのまた底の地の底にある、地底空間の更に奥。その世界から通り抜けるようにして下降した地下世界の底の底の底。もはやそこは、こちらの世界では測れない亜空間になっている特殊な次元。

 その底と言うべきか、中心と言うべきか、とにかく周辺部から一番遠い所にそこはあり、隔絶されているのだ。

 そして、その空間内にひっそりと、忘れ去られたようにして微かに灯る蛍火のような光があった。弱々しく明滅し、今にも消えてしまいそうなその光。

 そんな暗黒の世界を見ただけでもおそろしかったというのに、何としたことか、これもまた説明のしようがない実感なのだが、エアルダインはその小さな蛍火が、孫娘ソニアであると確信してしまったのである。

 見たこともない恐怖にうなされる前にナージャがやって来て起こされたので、エアルダインは悪夢から逃れて現世に戻ることができたのだった。

 だが、夢の世界から立ち去ることができたとは言え、断崖絶壁の縁に立ち足元を見下ろすようなゾクリとする悪寒は体に残っていた。数十年ぶりかもしれない冷や汗を掻いていることに今更ながら気づく。老齢のこの身体にも、まだそれだけの機能が残っていたのだということも彼女には驚きだった。

 これは何かの知らせなのか? 未来への警告なのか? それとも、もう現実に起こってしまっていることなのか?

 エアルダインは孫娘の安否を思うと、守護者がセルツァ一人では不安になった。ナージャの言うところでは、他にも幾人かの護り手がいるということだが、この村の者でなければ心から信頼することはできないのだ。

 ポピアンはまだウィナホル大陸にいる。他の妖精を数人早急に宛がうべきだろうか。それともエルフを増員すべきだろうか。だが、セルツァのように外世界に十分適応できるタフさのある者はなかなかいない。戦時中の外世界に送り出したら、その辺の者ではストレスで参ってしまうかもしれないだろう。

 リュシルを派遣できれば一番安心できるのだが、最も村の諸事を任せられる者であるからこそ、そして今が重要な時期であるからこそ、この村を離れさせるわけにはいかなかった。

 とにかく、リュシルと相談をしよう。

 エアルダインは夢のことを話すべきかどうか悩みつつ、夜が明けてリュシルが来るのを待つことにした。

「エアよ……あの子を守ってやっておくれ」

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