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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』9

 ソニアは彼の手から杯を取り、これ以上飲まぬように自分が持っていると言って微笑んだ。ほろ酔いで薄っすらと紅を差したような頬。ホールの中の照明を受けてキラキラと煌めく瞳。

 同じようにして彼の手から杯を取り上げたアイリスの言葉が頭に響く。

『その人が本当に好きなら、その人が選んだ人のことも認めちまうってこと……ないかい?』

その台詞は、彼の心に切なくも心地良く響き渡った。

 ああ、認めてやろう。……というより、認めざるを得ない。お前を守ることにかけて、今の自分では到底あの男には敵いはしないのだから。

 自分の選んだ考えが、ソニアにとって最善となると信じていられるうちは、そうして実に心地良く感じていられる。

 ……だが、一度それを信じられなくなった時、ソニアへの身勝手な想いの方が強まり、勝ってしまった時のことを思うと、ふいに彼の胸に苦しさがこみ上げてきた。

 本心だけを、彼女を求める欲望だけを露わにしてしまったら……きっと泣き喚き、叫び、惨めにも、汚らしくも、大人気もなく、追いかけて縋りついて転げ回り、まるで駄々っ子のようにして彼女を困らせるのだろう。置いて行くなと連呼し、掻き毟るようにして彼女を捕らえ、死ぬまで離さないだろう。

 ふと、彼の目に苦しそうな陰が過ったものだから、理由も解らずソニアはドキリとした。

「……どうしたの? 気分が悪いの?」

心配そうに顔を覗き込む彼女の肩に、彼は首を振って否定しながら頭を預けた。彼女だけに聞こえる声で、彼は囁いた。

「……幸せになれよ」

小太鼓と笛。それに擦弦楽器と琴の音がリズミカルに流れ、ホール中を音で満たしている。音の塊というものが、手を伸ばしてみれば触れられそうな気がする程に濃密な空気となって漂っているのを二人は感じた。

 彼の重みを肩に感じながら、ソニアは胸を詰まらせ、暫くそうして彼の背を叩き続け、あやした。どうしてこんなことを言うのだろうと考えてしまう。

 幸せ。それを考えると、彼女の脳裏に浮かんでくるのは逆に不幸な者達の姿だった。夜空に散る星の数ほど、その辺にいつでも転がっている不幸、悲しみ。

 幸せとは一体何なのだろう? 不幸のように転がっているけれど、数が少ないもの? それに巡り会わないのは、単に運がないのだろうか。

 それとも、世の人生は不幸がベースになっていて、そこに如何に幸せを見つけ、取り入れていくかという風にできているのだろうか。そう思わずにはいられないくらい、世にはあまりに多くの苦しみが存在している。まるで海のように。人間が飲める真水は極僅かで、世界の大半は塩辛い水で構成されている。人の世の幸不幸のバランスも同じなのだろうか。

 結局、こんなものは人それぞれが己の体験に基づいて好きに仮説を立てるだけで、明確な答えが何処かにあるわけではない。

 ソニアは、ただ一言しか返せなかった。

「……あなたも、絶対にね」

頭を彼女の肩に乗せたまま彼は笑い、肩を揺すらせた。そして突然身を起こすと、急に勢いよく立ち上がって彼女の手を引いた。

「踊らないか?」

「あなた……足元怪しいじゃない……!」

呆れ顔のソニアは、それでも本当に踊る気らしい彼の引手に負けた。笑っていながらも、彼の黒い瞳の中に言い知れぬ悲しみのようなものが垣間見えたような気がして、拒むことができなかったのである。

 二人が立ち上がって腕を取り合い、上座のスペースで踊りの型を作ると、それに気づいた者達が沸き上がって二人を囃し立て、拍手した。

 あまり激しく動き回ることはできない狭さであるから、二人は移動の少ないステップ輪舞でその場を回った。腕を組んで離さぬまま、足の位置を忙しなく組み替えてクルクルと回転する踊りだ。宴会ウケのいい踊りで、二人に続こうと他にも何組かが立ち上がった。一番多いのは男同士で、しかも兵士ばかりだ。彼等はオーバーな振り付けでその場を回り、アーサー同様に何度もリズムを外しては皆の笑いを取っていた。今の地位に就く前の彼も、こうして宴会のムードメーカーになっていたものである。

 順応の早い楽隊達も、それに合わせて演奏内容を輪舞曲に切り替え、二人の踊りを見守った。彼がなかなかステップをやめようとしないものだから、ソニアは観衆に向かって呆れた顔をして見せ、まだやるの? とでも言うように肩を竦め手を上げた。観衆達は大いに笑い転げ、尚一層の拍手を送る。まだまだ回る気らしいアーサーは、苦笑いする彼女を離さずに、尚もフラつく足を右に左にと動かし続けている。

 そもそも、酔った者を更にとことん酔わせる意味合いのあるこの踊りは、このような宴会では特に好まれる余興だ。彼がこの踊りを始めたので、仕方なくソニアも付き合ったが、皆の喜びぶりとは裏腹に、ソニアだけは彼のことが心配だった。

 彼女は楽隊達にそろそろ音楽を切り上げてくれと手振りで合図を送った。またここでも笑いが起こったのだが、これもよく心得ている楽隊が『え?』と意味が解らないフリをしてみせるものだから、皆は更に大ウケした。

 もう、ソニアの方も可笑しいことは可笑しいので笑わずにはおれなかったが、とにかくもう一度切り上げろと合図し、ようやく楽隊の方も徐々に曲のテンポを下げていき、曲の終わりが近いことを感じさせた。踊る者達も、それに合わせて次第に回転をゆっくりにしていき、最後には組んでいた腕を解いて広げ、楽隊が各々の楽器を揃って鳴らしてラストにするのと同時に、皆、思い思いの決めポーズを作ってお辞儀した。アーサーもよろめきながらソニアに支えられてポーズを作り、声援に応えて明るくお辞儀した。

 その後、二人は笑い合った。

「全く、しょうのない人!」

「ハハハハ!」

 王は、仲睦まじくしている二人の様子に満足そうな笑みを浮かべて、父親らしい温かな眼差しで見守った。皆がこの二人に目を向け、拍手を送っている。各所でバラバラに盛り上がっていた広いホールの全体が、今はこの一角に注意を向けている。

 今が時だと見極めた王は、王の為に沢山のクッションを並べて居心地良くしている上座から身を起こして立ち上がった。そして諸手を上げると、会場の皆に向かって暫しの静粛を促した。王の動きは誰もが目の端に入れて敏感に見ているから、すぐに気づき、人々は一斉に口を閉ざしてその場で静止した。

 楽隊も、弦や太鼓の膜から弓やスティックを離し、笛奏者は笛持つ手を下ろした。立っていた者はそのまま直立し、静止が絶対命令であるかの如く、その場から足を動かさなかった。

 一番側に立っていたソニアとアーサーの二人も、王の姿を見たまま並んで立ち続けた。皆が静止に応えてくれたことを見届けた王は、そこでようやく手を下ろし、王妃に目を向けて手を差し延べた。王妃は優雅な物腰でそれに頷くと、自らも席を立って歩み出し、王の隣に立った。

 王妃まで並べて何かを話すというのであれば、かなり重要な事だ。だからホールの者は息を飲んで王の発言を待った。

「皆、お楽しみのところであるが、今暫く聞いてもらいたいことがある。ワシと妃の二人から、折り入って皆に発表したいことがあるのじゃ」

それを聞いた一同は、何だろうという興奮で胸を高鳴らせた。王から直接今晩のことを仄めかされていた一部の高官達だけは、いよいよかと思って、その正体を知るべく耳を傾けた。誰しも、一言たりとも王の言葉を聞き逃したくなかったので、ホール内はシンと静まり返り、まだこの変化を知らぬホール外の者達だけが騒ぎ続けた。しかし、やがて誰かが本会場の変化に気づくと、徐々に外の方でも声が抑えられていき、そのうちフロアそのものが鎮まっていった。

 完全な静寂が訪れるまで王が話を始めなかったものだから、どれほど重要な話をしようとしているのかを窺わせ、皆の緊張を高める。

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