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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』8

 日没後、城壁にはいつも以上の篝火が灯され、祭の前夜であることを見る者に感じさせる光量を放った。祭の期間中は警備が強化されるので、こうして城や街の各要所が灯されるのである。

 通常であれば兵舎と高官の各個室で済まされる夕餉も、今夜から数日は特別で、城では毎晩宴が催される。特に前夜祭と後夜祭の二回は、始まりと終わりの大切な区切りとして位置付けられているので規模が大きい。宴会用の細長い大ホールに城のあらゆる高官が集まり、入りきらない下位の兵士等や下働きの者達も周辺のバルコニーや回廊に陣取って参加をするのだ。そして前夜祭では祭の無事を祈り、後夜祭では祭の無事を神に感謝して杯を交わすのである。

 その時間の夜勤兵や給仕係等、どうしても持ち場があって離れられない者も勿論いるのだが、それでも彼等にも料理や酒は十分に振る舞われ、厨房や塔のてっぺんや外壁でも、ごく小さな宴は行われるのだった。さすがに勤務中であるから兵の酒量は控え目となるが、夜勤明けにはもう一度十分に与えられることになっている。

 明日のオープニング・パレードに関する打ち合わせも済んだソニアは、王の期待に応えて、いつもより上等な装いで宴会場にやって来た。鎧を脱ぎ、兵であることを示す軍服も脱いでドレス姿で現れたのである。それでも、女性らしさを強調するようなものではなくて、いざという時に動き易いデザインであるところが軍隊長である彼女らしい。

 亜熱帯らしく肩が開いており、裾の両サイドに深いスリットが入った緑色の布地には光沢があり、それよりやや明るい色の糸で植物紋様が刺繍されている。普通の女性なら、これに美しい腰帯でも巻くところなのだが、彼女の場合はベルトをして精霊の剣を腰に差し、兵士らしさを残していた。しかもドレスの下には薄手の鎖帷子を着用しているのだ。

 すっかり準備が整った会場に彼女が現れると、先に来ていた一同は沸き上がった。

「いやぁー! ああいったお姿を久々に拝見すると、前夜祭なんだと思いますなぁ!」

「そうですなー!」

彼女は普段着で人前に出ることが滅多にないので、鎧武者以外の恰好を見せると人々は皆喜ぶのだ。刺客と戦う直前、休暇ということでワンピース姿になり王と一日過ごしていた時もそうであったものだ。

 皆からの賛辞を受け流しつつ、ソニアは奥の上座へと向かった。一番忙しい祭の実行庁長官と近衛はやや遅れて登場し、全ての者が揃ってから礼装の王も現れた。待ちきれない様子の者達の為に王は早々に杯を取って、高く掲げた。皆も杯を手に取る。

「今日まで、祭の準備によう力を尽くした。皆の者。そなた達のお蔭で、予定通りこの国自慢の祭が執り行える運びとあいなった。真に素晴らしいことじゃ。今の戦乱の世にあって、神の加護と皆の尽力なしには、決してここまで辿り着くことはできなかったであろう。皆に感謝する。ご苦労であった。そして――――神に、トライアスに感謝の杯を捧げようではないか」

王と共に、一同が杯を掲げた。数百人という大人数の中だが、シンと静まり返り、王の声はよく通った。

「――――トライアスに!」

一同もそれに続き、トライアスの名が威勢のいい混声で呼ばわれた。

「さぁ! 今宵は明日からの宴に向けて力を蓄えるがよい!」

そうして宴は始まった。

 ソニアとアーサーは並んで座し、杯持つ腕を組み笑い合った。

「三日間、無事に送れるように!」

「ああ!」

アーサーも王の求めに応じて晴着を着ている。彼の場合は鎧も装着しているが、その下の服は特別な式典の時にだけ着る近衛兵服だった。山葡萄のような濁った紅色の布地に植物紋様の金刺繍だ。鎧はパーツの数を減らして、この晴れ着がよく見えるようにしている。彼はこの赤がよく似合うと昔からソニアは思っていた。二人は互いのなりを褒め合い、周囲からも二人揃っていると絵になると、しきりに賛辞を述べられた。かなり、からかいが入っている。

 乾杯の一杯目で早くも酔い始めている者は、そこで踊ったり歌ったりでもし始めそうな浮かれぶりで軽口を叩いている。楽隊の奏でる音楽が絶え間なく流れ、給仕係が次々と皿を運び、空の瓶や鉢を取り替えていった。焼き物、蒸し物、魚、木の実、果物、豆、色とりどりの野菜。様々な食材がこの日の為に各地から取り寄せられ、城自慢のコック達が腕を振るって見事な料理に変身させていた。年間を通して祝い事の数が少なくささやかであるこの国では、この祭が唯一羽目を外す機会であり、それが長年の恒例となっている。だから、皆は一気に心を解放して馬鹿騒ぎをするのだ。

 それでも、これだけ上質な食材を豪勢に取り揃えられたのは、まだこの国が皇帝軍の大規模攻撃を受けていないお陰に他ならない。それが解る者ほど、いつも以上に大切にそれらを味わった。

 食事と酒と話が進むにつれて人々はますます酔い、普段では身分差から口を利くのも躊躇われるような者とも平気でお喋りをした。まさに無礼講である。

 下級の兵士や下級の文官達でさえ、憧れの女軍隊長にありとあらゆる美辞麗句を述べに来るし、手を取って接吻の機会を奪い合った。一方アーサーの方もに後から後から女性兵士や女官等がやって来て、お酌をしたり握手をせがんだ。気分良く彼がその手にキスでもしようものなら、彼女達は卒倒しそうな悦びぶりで夢見心地のうちに去っていった。そんな状態が一刻も二刻も続くものだから、二人はのんびりと酒を酌み交わすことさえできなかった。一番人気の二人がそこに並んでいるので、この一帯ばかりがやけに人で溢れることになる。

 ソニアはあまり酒は嗜まぬ方だったので、それを知る者達も強くは勧めないから然程酔いはしなかったが、アーサーの方は女官達に相当飲まされて――――彼も快く飲んでいるから半分以上は本人のせいなのだが、大分酔いが回っているようだった。そうなってくると、彼もよくソニアにしな垂れてくるようになった。苦笑しながらソニアも彼の背を叩いたりなどして面倒をみるのだが、彼の理性はよく働くもので、昔からどんなに酔っ払っても、彼がこれ以上羽目を外したり、これ以上のことをソニアにせがんでくるようなことはしなかった。特に人前では。

 二人がそうして寄り添うようになってくると、邪魔をするのが悪くなってきて人々も話しかけ辛くなり、ようやくゆっくりと落ち着くことができるようになった。

「もう、その辺にしといたら? 明日があるんだし」

「わぁーってるって。大丈夫」

彼のヘラヘラ顔を見ている限り、ソニアは安心できなかった。例年、このくらいの酔い方ならば翌日にはキリリと兵士らしく仕事に就けている彼であるが、今は何かと他のことで心労や面倒をかけているから、いつものつもりではいけないと思ったのだ。

 ソニアは溜め息をつきながら彼の耳元に顔を寄せ、そっと言った。

「あなたは、ただでさえ頑張り屋さんなんだから、体壊しちゃダメだよ」

つい最近同じようなことを言われたなと思い、アーサーはアイリスのことを思い出した。酔いで潤んだ瞳を通して見る世界はどれもが夢のように優しく、柔らかだ。ソニアはその中でひときわ輝いて見える。ああ、なんて綺麗なんだろう。

 酔って情けない姿を見せている回数は、どう考えてもアイリスへの方が多い。それを思って、彼は苦笑し、こういう機会が滅多になくて、実に貴重であると改めて感じた。守ろうとばかり躍起になって、釣り合う男になろうと背伸びして、ソニアの前では強くあろうとしてきた自分。果たして彼女は、惨めな自分の姿をもっと曝け出しても、笑って受け入れてくれるのだろうか? 甘えたりしたら、情けない男と思われ、鬱陶しがられはしないかと怖れていた為、今まで本当の自分の弱さを、ありのままに曝したことはない。

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