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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第30章
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第4部30章『トライア祭』1

この章はかなり長いです。

そしてデジタル化が途中までしか進んでおりません。

そこまでは従来のペースで更新するかと思いますが、途中からはスローになると予想されます。

予めご了承ください。

 日も落ち、一応の任務から解放されたゲオルグは、この国に滞在する際の自室へと戻り、城から見える町の夜景を一人眺めていた。バワーム城の東側にあるこの部屋は、高官専用ではあっても小ぢんまりとしている。他の高官と比べて城にいることが少ないから、広くなくていいと希望して、敢えてコンパクトな部屋にしてもらったのだ。その代わり、内装はそれなりに美しく豪華であった。壁紙や柱の具合などはなかなかに趣がある。しかし、蝋燭一本の明かりで寛いでいた彼の部屋に日用品等は必要最低限しか置かれていない。目につくものといえばベッド脇の小テーブルに堆く積み上げられた書類が殆どである。人目に触れさせられない、ヌスフェラート文字で書かれた記録帳や辞書以外は、そのようにして部屋のテーブルに広げていた。見るからに、読むか寝るかの部屋である。

 いつものように星空でも見られれば多少は心が休まったのだろうが、今夜は生憎と薄い層雲が上空を覆ってしまって、月の位置がボンヤリと解る程度仄かに光っているだけである。

 そこで彼は仕方なく、城下街に点々と灯る民家の明かりを眺めた。内陸に向かって走る国道に続くメイン・ストリートが真直ぐ南東に伸びており、そこだけが特に煌々と光の道にように輝いていた。そのメイン・ストリートから縦横に交差する横道、裏道も光で浮かび上がっていた。夜に賑わう場所は、こうして一目でその位置が判るくらい活気に溢れた光を放っている。

 暗黒大隊に攻撃された後の街としては、華やか過ぎるのではないだろうか。まるで襲撃などなかったかのようである。

 そんなことを思いながら街を眺めていると、薄暗かった部屋が不意に紫色の光に染まり、それが明滅した。徐々に強くなっていく光の色で、壁も天井も床も彼自身も染められた。ベッドの枕元に置かれた水晶玉が発光したのである。

 彼はカーテンをサッと閉めると、ベッドに行って水晶玉を取り上げた。部下からの通信である。礼儀として、このような通信の場合まず音声だけでやり取りをし、許可を得てから映像も流すのだが、今回も例に漏れず先に声が届いた。

『―――――ゲオルグ様、ディスパイクでございます』

「いいぞ」

彼が許可すると、水晶の中に黒い雲が現れて、やがていっぱいになるとその中央に光の筋が走った。そして筋の幅が広がる。瞼が広げられたのだ。開いた目の中には、大きな紅色の光彩が輝いていた。

『お休みのところを失礼いたします。そちらのお加減は如何でございますか?』

「うむ、順調だ。ご苦労だな」

順調とはいっても、一番実現させたかった望みがあの遺跡で叶わなかったから、あくまでプラン通りに元の計画が進行しているという意味でしかなかった。だが、それは部下に知らせる必要のないことだ。

『こちらは今のところ、何も問題ございません。ソニア様もお元気です』

その名を聞くと、やはり心の奥深くにある一番柔らかい部分が捩れるような痛みを発した。だが、暫く沈黙した後、感情の波が立たぬように見える静かな眼差しで、彼は一言「そうか」と言った。その表情は、島の宮殿で今回の命を与えた朝と同じ、哀れなまでの穏やかさを湛えていた。つい、ディスパイクの方も沈んだ気持ちになって言葉が減ってしまう。

『トライアも無事です』

「……そうか。そう言えば……そちらはもう、そろそろ祭の時期じゃなかったか?」

『はい。……三日後に始まる予定です』

何か思い出すところがあるのか、ゲオルグは視線を外して目を細めた。

 ディスパイクも知っているが、これまでに幾度となくこのゲオルグがトライアを訪れた中で、この祭の時期も何度かあったと思われた。その時のことでも思い出しているのだろうと考え、彼の瞳に映る過去がどのようなものかと少し想像した。いいものであると良いのだが。

「……そうか、もうすぐ満月だものな」

ディスパイクは、本来ならば伝えるべき事柄が沢山あるのだが、その殆どを告げずに伏せて平穏な現状だけを伝えるに留めた。まるで、それが任務に就いてからの常であるかのように。だから報告はすぐに済んでしまい、そうなると彼から話すべきことは要望を含めた締めの言葉のみとなった。

『各大隊の分担域に関する話し合いがなされていると聞きます。何か変更があれば対処が難しくなってしまいます。ソニア様はトライアを守る為に命を捨てる覚悟がおありの方です。万が一にも魔導大隊が担当から外れることのないよう、ゲオルグ様からも旦那様によろしくお伝えください。そして、どうか……くれぐれもお早くお出ましくださいますよう、お願いいたします』

「……そうらしいな。オレからも父にはよく言ってはあるが……あの通りの人だからな。また勝手に決められてしまうかもしれない。急ぐつもりではあるが……何分にもお前が頼みだ。よろしく頼むぞ。ディスパイク」

『承知いたしました』

 そして儀礼的な二言三言を交わした後、ディスパイクは光の中に消え、その光も徐々に鎮まっていき、部屋はまた蝋燭明かりだけの薄闇に戻った。

 静寂の中で、乾いた風の音だけが何処か高い所でヒュウヒュウと鳴っている。

 ベッドに腰かけ、水晶を手にしたまま、ゲオルグは窓の外に目をやった。ここからでは暗い空しか見えないのだが、それで良かった。彼はその空の向こうに、別のものを思い描いていたのである。

 ほんの五、六年前、170余年を生きる彼にとってみれば僅かな過去のその時、愛しい彼女はまだ少女の姿をしていた。国軍入隊試験をパスしてデルフィーから城都市に移り住み、城での生活を送り始めた彼女はすぐに頭角を現し、出世の道を歩んでいたところである。エルフの血を引く彼女は風を操れ、魔法も使える優秀な戦士だったから、誰も彼女には敵わず、あっという間に最強部隊に配属されて活躍し、この頃はエースと呼ばれていたのだ。

 実力はあっても、その姿はまだ若く、少女らしいあどけなさは国軍の鎧を身に着けても隠れることはなかった。彼女の出世ぶりに驚きつつも、その変わらぬ笑顔に会うとホッとしたものである。

 軍人となってからは、会う時は大抵黒い国軍制服を身に着けているようになり、勤務中は男性型で窮屈そうな鎧を装着しているものだから、彼はそんな姿の彼女を見る度に、本来の美しさに見合った服装をさせたいと願っていた。勿論、言葉にはせず心の中で。

 兵士として都で生活を送ることに彼女は満足しており、生き生きと幸せそうにしていたので、彼は旅への誘いを時々することがある程度で、彼女に対して何か意見するようなことはなく、会った時はただ普通の会話をし、彼女の近況を聞くだけで満足して去っていた。

 彼女の生活には一切干渉せず、その時々に贈り物をして、その礼に彼女から歌を贈られたりする、そんな平和で穏やかな関係を保っていたのである。

 ずっとそうしていれば……そうできていれば、今でも二人の交流は温かく続いていたのかもしれない。だが、世界の情勢が変わり、いつまでもそうしていられない状況に陥ってから、全てが狂ってしまったのだ。そして……壊れてしまった。

 170余年。あんなに幸せを感じた時間はほんの少ししかなかった。そして、その後に訪れた絶望は……今までの生涯で最も深い傷を残していった。いっそのこと、始めから何もなければ良かったのだろうかと思わずにはいられない。だからこそ、全てを消し去る為にあの遺跡へ出向いたのである。

 未だに心の傷で病んだ瞳の色は痛みに震えていた。人間の姿を取っている今でさえ、顔の色は本体の心を表して血の気がなく、特に夜にはその陰りが露わになった。

 愛しさとは、どうしてこんなにも深い苦しみと表裏一体の力を持つのだろう。愛が深ければ深い程、それを失った痛みは彼の全てをどこまでも傷つけていく。

 そんな思いに苛まれつつも、それでも彼の目の前には少女時代の彼女が現れたのだった。

 あれは、ちょうど今と同じくらいの時期、トライアは祭が始まっており、それを知らずに訪れた彼は何が起きているのか解らず、とにかく一兵として城下街の警護に当たる仕事も済んで自由な時間を過ごしていた彼女のもとへと会いに行った。

 彼女は街の喧騒を離れて人気のない高台の木立から街を眺め、腰を下ろしていた。

『あら! お久しぶりね、ゲオルグ』

 ああ、久しぶり。君も元気そうで何よりだ。

 彼女にとびきりの笑顔で迎えられ、彼は悦びで胸躍らせながら彼女の隣に座り、二人並んで華やぐ街の様子を眺めた。

『今日は祭を見に来たの?』

 いや、祭とは知らなかったよ。オレは君に会いに来ただけだ。

『折角だから、見にいったら? とても素晴らしいのよ』

 いいよ。君に会えれば、それで十分だから。

『あら、勿体ない』

彼女は笑いながら肩を竦めて、首を傾いでみせた。

 街の至る所にダンサーや音楽隊がいて自慢の腕を披露し、拍手やチップを受けている。店や民家の軒先では織物やら陶芸品やら籐細工やらガラス工芸品など、様々なトライア民芸品が陳列され、道々を鮮やに彩っていた。品を見る客、買う客も沢山いる。見渡せば、別の一角には占い師もいるし、奇術師や小劇団もいて客を集めていた。各国から観光で来ている客も合わせて、城下街は人の波でごった返す海のようになっていた。

 人々が身に着けているものも祭用に特別豪華で派手なものが多いから、そこら中が色、色、色だ。人間の文化観察として彼も他国の祭を少々見たことがあったが、ここの祭はかなり華やかで規模が大きい。これだから外国からも客が来るのだろう。

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