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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第29章
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第4部29章『対面』2

 放浪の旅をしていた頃に得た金銭や重要な情報をまとめた書類を、とある孤島の小屋に保管しており、それが役に立つと思われるので回収に向かい、今もそれらが無事であることを確かめた。

 そして、自分が不在の間に結成されたホルプ・センダーという、国を問わず救援の手を差し伸べる私立軍にも近づいた。中には先の大戦時からの知り合いや、その子供達がいるので、様子見の今は正体がバレないようにその者達を避けて、全くの他人である者を選んだ。それはエステルという若者で、現在ホルプ・センダーの本部があるエクセントリア王国の出身者であった。

 ここ、エクセントリア王国は獣王大隊の攻撃を受けつつ防戦し切った初期の戦勝国であり、すでに主要メンバーとなっていた元サルトーリ王国の姫がここに残って、獣王がまたやって来ないか見張ると言い出したものだから、何となく皆もここに集まるようになったのが始まりだ。ホルプ・センダーがいてくれれば安心できるエクセントリア側でもそれを歓迎し、快く場所を提供してくれ、無償で海沿いにある王家の別荘を貸してくれているので、ここに本部ができているのである。ここにいれば城から重要な知らせも届けてもらえるし、メンバー側の方から城へ確認しに行くことも易い。

 彼はその場所を訪れて物陰から暫く様子を窺った後、そのエステルを捉まえて話をしたのだった。建物の外で本部の警備をしていたエステルは、全身マント姿の青年が近づいてきたので最初は警戒した。が、話を聞くと、この人物が大切に扱わねばならない重要な人であることがすぐに解ったのだった。

 まず、金の入った袋を差し出されて、あなた方の活動を援助したいので、少ないがこれを使って欲しいと言うので、それを預かった。資金援助の申し出はよくあるのだが、個人でこれ程の額を出す人は滅多にいないのでエステルは驚いた。

「それから、メンバーの中で計画や作戦に関して担当することの多い賢い人間がいると思うんだが、特にそういう人にこれを読んでもらいたい。きっと戦いの参考になる」

そう言って彼は、ヴィア=セラーゴを探索したり地下世界を探索して得られた情報を書き記した幾冊ものノートをエステルに渡した。これが全てではないが、他人が見て役に立てられそうなものを見繕ってきたのである。

「あの……それなら中に入ったら……」

エステルにそう勧められたが、彼は断った。

「いずれメンバーに加えてもらいたいと思っているが、今はまだその時ではないんだ。そのうちまた来る。その日は早く訪れるだろう」

それだけ言って、彼は他のメンバーに捉まらぬうちに流星魔法でそこを後にした。

 エステルが金の袋とノートを持ち込むと、本部の館内では軽く騒然とした。彼に言われた通り、賢さでリーダー格にあるキルシュテンという若者と、同じくリーダー格にありながら最近は不在にすることが多いのでキルシュテンにホルプ・センダーの運営を任せてしまっているフィンデリアが今日はそこにいたので、二人にノートを渡したのだが、それにざっと目を通しただけで二人の顔つきが変わったのだった。

 キルシュテンはフィンデリアと同じく魔術師であり、力仕事には向かないが頭は物凄く切れる。彼もまたラングレアという出身国が滅んでしまっているので、ホルプ・センダーに全てを注いでいた。そこに賢くて行動力抜群のフィンデリアが加われば、まず間違いは起こらず、クレイオンもいれば誠実さと安心感と戦闘力が備わって、とても良いバランスを保っていた。

 今はクレイオンがアルファブラにかかりきりであるし、フィンデリアも出張が多いので、一人で頑張るキルシュテンを、他のメンバーが一生懸命に支えているところである。勿論、皆もやる気十分でここにかかりきりなのだが、やはり賢さ、優秀さ、カリスマ性といったものは皆が持っている訳ではないのである。

「名乗りもせずに消えたのか?」

「ああ、流星術であっという間に」

「どんな姿だった?」

「若そうだったよ。マントで頭も隠してるから、よく解らないんだが、声の感じも、オレ達と同じくらいだ」

「若い……」

フィンデリアが眉を顰めた。キルシュテンと彼女二人共が、まさかアイアスなのではないかと思っていたのだ。だが、エステルの言うことが本当ならば、少なくとも彼ではないことになる。

「三十代半ば……という風には見えなかった?」

「いやぁ、さすがにそれはないと思うぜ。若そうなのに、すごく落ち着いてるな、とは思ったけど」

長い金髪を後ろで一つに束ねているキルシュテンは、広い額の下にある目でチラリとフィンデリアを見て視線を交わした。

「どう思う?」

「とにかく、すごい内容よ。地下世界で直接得てきたらしいものばかり。人間でありながら潜入調査ができるような強者か、敵方だけれど何らかの事情で私達を助けようとしている者か、そんなところじゃないかしら」

「人間の姿に化けていたのかもしれないな」

まさかとは思うが、また獣王大隊のあの獅子将軍が何か妙なことをし始めたのではないかとフィンデリアは一瞬疑った。だが、ノートに書かれている情報をもっとよく読めば、明らかに人間の視点で書かれていることが判るし、一気に書き上げたようなものではなくて地道に長年をかけて書き足していったような様子でもあるから、皇帝軍の差し金という線は考え難いようだった。人間でこんなことができるのはアイアスぐらいだと思うのだが、人間世界で暮らすソニアのような異種族の子孫もいるわけだから、一概に人間とは言えないのかもしれないが。

「内容を簡単に見た限りでは、偽の情報を与えて私達を攪乱させようとしているとか、罠にかけようという、そういった類のものではないと思うわ。もっとじっくり読んでみて考えるべきではあるけれど」

「そうだな。正直僕も、君から地下世界の話を聞くまでは、そんなものが存在していることすら知らなかったから。そんな時にこの本を見ていたら、すぐには信じられなかったかもしれない。だが、これはすごく価値のあるものだ。まずは読んでみよう。必要な所は皆で共有しなくちゃ」

 そうして、彼が長年をかけて調べてきたヴァイゲンツォルト等に関する情報がホルプ・センダーに浸透していった。ヌスフェラートの技術や戦い方が解れば、それに対抗する策を考えられる。


 このようにして、アイアスの記憶を持っていた青年はアイアスとしての自覚を完全に持ち、自分が名乗り出た時の為の準備を着々とこなしていった。できれば皇帝軍の本部になっているという噂のヴィア=セラーゴにも再び潜入して、皇帝軍の動きを直に探りたいところでもあった。だが、命を狙われている身としては、それは大変に危険である。それをするのであれば、せめて大切な人々への挨拶を済ませておかなければならない。だからそれまでは、別の方法で皇帝軍の情報を得ようとした。

 人間社会に潜り込んで人間側の情報を得ている敵方の者がきっといるであろうし、そのような者はホルプ・センダー周辺や戦勝国、そしてこれから攻めようとしている国などに出没していると思われる。だからそんな者に巡り会わないか、異形の気配を探りながら各国を廻った。

 戦わずにゆっくりとお互いの考えを話し合えるのであれば、ヴォルトにも会いたかった。あの竜人に一体何があって、あのような道を選んだのか、彼はそれが知りたかった。説得できるかどうかは判らないが、あの竜人がいるのといないのとでは、今後の戦局に大きな違いがあるだろう。皇帝軍に加勢することを止めてもらえるのであれば、それだけで巨大な軍勢を一つ潰すのと同じだけの効果がある。試せるものなら試したい。

 また、ヴィア=セラーゴから地下世界に行くことは難しくなってしまったが、その他のルートがあるのなら、そこから地下世界に下って、皇帝軍に参加している各種族のことも調べてみたかった。これまでは主にヌスフェラートのことばかり調べてきたものだから、その他の種族のことは、ヌスフェラートの書物に書かれている程度のことしか知らないのだ。

 獣族の王国、虫族の王国、鳥族の王国、それらを知ることによって、彼等を説得し、皇帝軍への加勢を止めてもらう道を探りたい。戦って勝利することだけを考えてこの大戦に臨んだら、とてもではないが、この世界は持たないはずだ。

 自分がかつて戦い勝利した相手は、ヌスフェラートという種族の一貴族でしかない。今度はその王たる皇帝が出てきたのだ。皇帝その人を見たことはないが、果たして話の通じる相手だろうか。長年を生きてきて人間とは全く感覚が違うだろうから、こちらの道理をぶつけても、おそらくこの戦を止めたりすることはしないだろうが。これだけ入念に、何年もかけて準備をしてきて、人間を完全に滅ぼそうとしているのだ。ちょっとやそっとの介入ではそれを撤回はすまい。それに、一時的に止めたとしても、またいずれ挑戦してくるだろう。長い治世の最後に、他の皇帝が行ったことのない偉業を成し遂げたいのかもしれないし、本当にそうせずにはいられない深い理由があちらにはあるのかもしれない。だから後世の為にも、永年的に二度とこのような戦が起きないようにする為には、まず相手方の理解が必要なのだ。そうでなければ、今後も何度も何度も、自分のように天使と呼ばれる戦士が遣わされ、乱れを正さなければならなくなってしまうのである。彼はそれを止めたかった。

 数十年おきに人間世界が攻め入られ、多くの人々が死に、苦しむという悪しきサイクルを、もはやここで打ち止めにしたいと思う。皇帝軍が歴史を覆すというのなら、こちらもこのような歴史を覆したいところだ。

 今、自分の身に起きていること。そしてヴォルトという天使もまだ生きているということ。これらは明らかに、これまでの天使の歴史上なかったことである。あらゆる所に、前代未聞の出来事が起きているのだ。今というこの時代は、そういった大きな巡り合わせの中にあるのかもしれない。何か大きな奇跡が起きる前触れなのか。それとも大きな節目や、転換のある時なのか。

 だから、彼は諦めていなかった。これが天使と言われる所以なのかもしれないが、危機に直面している時こそ、打開策は必ずあるという確信を、何故か誰よりも強く持って行動できるのである。そうでなければ、天使というものは務まらないのだろう。

 若き世代の子達も懸命に頑張っている。あのソニアも、トライアで戦士達の長になった。自分は彼等を助け、導き、未来の光を示す為に努力しよう。彼はそう心に誓った。

 自分が何者なのか、それは、どうせこの役目が終わって天に召されれば解るのだろうから、もうそれでいい。この大戦に決着をつけるまでは、この謎のことで深くは悩むまい。それが行動の足枷となってはならないから。そう思えるのは、今が危機の真っ最中で、謎どころではないからなのかもしれない。

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