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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第28章
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第4部28章『炎の戦姫』18

 トライア城下街では、突然の複数回の落雷によって火災が発生していたが、堤防決壊による水害処理の為に多くの兵士が街に出ていたので、溢れていた水をそのまま消火にあてるなどして、速やかに鎮火に向かうことができていた。嵐が止んでからは何故か川の水も溢れ出さなくなり、雷もそれ以降は落ちたりしていない。今はただ雷雲が掻き消えるように薄らいでいくばかりだ。水も順調に民家から引いていっている。

 だが、まだ問題があった。城下街が比較的軽い被害で済んだ分、周辺の森林が打撃を受けて、所々で山火事が発生していたのだ。

 兵士と城の魔術師全員で消火活動に当たっても、火の回りが早くて作業が追いつかなかった。魔術師は吹雪を浴びせかけ、兵士達は湖の水や川の水を必死に運んでは、城下街に火が達しないよう木々に振りかけているのだが、乾季である故に火の足は速かった。

 果樹園にも炎の波が迫っており、農園主は慌てふためいてオロオロとそこら中を走り回っている。

 空の雲は既に雨をもたらしてくれそうな厚さではなくなっており、天からの助けは望めそうにない。城下街の人々は家の外に出て、見慣れたいつもの光景が一変して森から炎が立ち上り空が赤く染まっているのを、ただ不安の中で見守るしかなかった。

 近衛兵や第二中隊は最高指揮官がいない中でひたすら作業に奔走した。あの水竜巻の後からずっと、軍隊長と近衛兵隊長の姿が見えないものだから、皆はその安否を心配していた。ところがそこへ、森の中から二人が出てきて兵士達に発見された。

「――――ご無事でしたか!」

二人共が酷い火傷を負っているものだから兵士達は驚き、やはり何度もあった爆発や落雷の最中にいたのだと思って二人を労わった。

 ソニアは意識を取り戻してから自分でも軽く魔法治療をし、セルツァの魔法にもよって、ある程度回復していた。まだ完全体ではないのだが、立って歩けるようになったところで、早く現場に行って指示を出したいと無理矢理出てきたのだ。

 アーサー自身も傷を負っていたが、彼もまた彼女を気遣って肩を貸し、連れ添って一緒に歩いた。姿を見せない方がいい者達は森に留まったり離れたり、姿を消したりして解散した。

「状況は……?」

「城下街の方は全て鎮火しましたが、森林火災が続いています! この通りです! 消火作業は難航しております!」

報告を聞いたソニアは引き続き消火に努めるよう言った。兵士は伝達すべく駆けていく。

 ソニアはそこで立ち止まり、アーサーの肩から腕を下ろした。

「アーサー、消火活動の指揮を暫く頼むよ。ちょっと……試してみたいことがあるんだ」

そう言って彼女がチラリと湖の方に目をやるものだから、アーサーは彼女の考えに気づいて目を見開いた。

「お前……まさか……」

ソニアは湖に向かって歩き始めた。あとからディスカスもやって来て、その側につく。

「――――わかった! 頑張ってくれ!」

アーサーは自分ができる精一杯のことをするべく、火傷の体を押して火災の最前線に向かった。彼に気づいた近衛兵の者達が指示を仰ぎに集まってくる。

 ソニアは湖に近づくと、なるべく人目につかない場所を選んで湖岸に立ち、傍らの木に寄りかかった。まだ、真っ直ぐ立っているのは億劫な体調だ。

 気遣って手を出そうとするディスカスを横目で制し、ソニアは火災の炎を映し出す湖面の揺らぎを暫く見つめた。

 セ=グールでも水を動かしてくれと頼まれた。そして今回また、当然の如く水を動かせると思われた。これまで水を動かしたことはないが、本当にエルフの母の血を引くのなら、ここで操ることができてもおかしくないではないか。何しろ、自分は風を自在に操ることができるのだから。

 おそらくこれまでは必要が生じなかったから扱う機会がなかっただけで、やろうと思えばできるのかもしれない。そして今こそ、必要な時なのだ。

 風を強く起こして暴風にし、この湖から水を少々吹き飛ばす方法もあるだろう。しかし、それだと風によって火災を広げてしまうリクスがあるし、その程度の水量ではこの山火事は収まらない。水そのものを動かして森へ送らなければ。

 ソニアは瞬きもせずに湖面を見つめ続け、集中した。大気を感じ、それを動かすように、水を感じたい。これだと思う感触を探して、それを掴みたい。

 どれが水の本質なのか。どこに、心通わせる鍵穴があるのか。

 セ=グールでの経験で、水というものをどのように感じるかは以前より解るようになっていた。大気より重いが、それでも流動体としての自由さを兼ね備えている存在。

 ソニアはようやくそれを見つけた。その存在を感じ、頭の中で触れることができる。

 動け……! 動け……! 風のように、自由に、我がものとなれ……!

 水よ……! トライアを育む生命の水よ……!

 湖水の青とソニアの瞳の青が重なり一つになったとき、その中で光が歪み、蠢いた。すると湖面が音もなく動き始め、ゆったりと渦を巻き、周辺がせり上がって中央は穿たれていった。流れがその中心に向かって落ちていく。そうすると、渦が風を飲み込む喉笛の音が響いてくるようになった。

 ディスカスは呆然と、彼女の脇でその変化を見守った。彼女が幼い頃からの成長過程を知っているから、これまでに成し得たことのない奇跡を起こそうとしているのだと知り、ゾクゾクとする。

 やがて湖面は、渦を巻いたまま重力に逆らって立ち上がり始めた。そこに風も起こし、竜巻を発生させて水柱が形を成すのを支える。得意の風による支えで、みるみる水柱は高みへと昇っていった。

 一度動き出せば、要領は掴めた。別種の生き物を頭の中で自在に走らせるような感覚だ。大気と重さは異なるが、その分慣性の強さも感じる。同じ流体、後は如何にそれを動かすか、だ。

 ソニアは竜巻を捻じ曲げて、燃え盛る森へと向かわせた。ヴァリー程の見事な水竜巻は作れなかったが、それでも人の手で地道に運ぶよりは遥かに大量の水を火災現場に運ぶことができた。

 謎の水竜巻が再び出現したので、人々は恐怖の叫びを上げ逃げ惑ったが、竜巻の向かっていく先が炎に包まれている森だと解ると立ち止まり、もしかして起こるかもしれない、ある現象を期待してその場に留まり、成り行きを見守った。

 遠目には空を縫おうと糸が走っているように見えるその水竜巻は、一番火災範囲の広い現場上空に達すると、先端の風が緩んで糸の繊維が解れるようにして水が散り、辺り一帯に大粒の水飛沫が降り注いだ。

 尽きることなく降り注ぐ雨に、熱せられていた木々や土はシュウシュウと水蒸気を吹き上げながら火を消し、次第に温度を下げていった。炎と格闘していた兵士達はその恵みを浴びながら、神秘としか言いようのない自然現象を目の当たりにして手が止まり、呆然と立ち尽くした。

 アーサーだけは、この雨の中で彼女が成功したことを悟り、目を閉じて心地良く水飛沫を全身に浴びさせた。この冷たい清い聖水が、彼の火傷をも癒していく。

 火の手が上がっていた全ての場所に水竜巻は向かい、同じように雨をもたらして火を消していき、ほんの僅かな時間で森は無事鎮火したのだった。

 そして、それらを見届けた水竜巻はふいに解けて全て風に散り、スコールとなって森林を洗い浄めたのだった。

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