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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第28章
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第4部28章『炎の戦姫』13

 後から追うようにやってきた彗星もまたフレア・クラウンに到着し、閉ざされた大扉の前で元の姿となって、四人がそれを見上げていた。

「――――本当にここなのか?」

「間違いない! 上から見て火口から下の洞壁が繋がっていた! それにこの扉も閉じている! 二人はこの中だ!」

セルツァの言いぶりは興奮しているのだが、それは居場所を突き止めた僅かな安堵ではなく、この扉に如何に挑めばいいかを必死で考える焦りを大いに表していた。この神殿は特殊な魔法で保護されている上、扉の材質もただの石ではないので、生半可な方法では攻略することができないのである。頭を抱えて悩むほどに難解な関門なのだ。

「だめだ……! 通り抜けられない……!」

唖然として扉脇の壁から顔だけ出したのはディスカスであった。

「この向こうで何かが邪魔をして……向こうに行けない……!」

長年密偵として生きてきて、あらゆる建築物を通り抜けてきた彼でも、このようなことは滅多になかった。ヴァイゲンツォルトの余程の重要機関や皇宮宝物殿でもなければ、このように不可思議な術で保護されていることはないからである。仕掛ける方も大変な手間であるからだ。厚さ3ディーオス(約2,4m)の壁の向こうに行こうとしても途中で材質が変わり、透過を許さぬ硬い壁が彼の前に立ちはだかって、横に這い進んでみても壁の切れ目や穴は見つからなかった。

 アーサーやルークスは力で開けられぬものか扉を渾身の力で押している。この大扉は何箇所も楔で打たれているかのようにビクともせず、二人がいくら押しても頑として譲らなかった。まるで扉の形を模したフェイクの壁を押しているのではないかと思うくらいだ。

 セルツァは手振りで二人に止めるよう示し、自身でもその石扉を拳で打った。

「……ここはただの場所じゃない。剛の者が何人集まったとて、この扉は開かないだろう」

「何故だ⁈ 魔法でもかかっているのか⁈」

「そうだ……! この扉は内側から強力な魔法で封じられている。物理的な力ではこじ開けることはできない……! 試してみる! 下がっていろ!」

そう言うとセルツァは摺り足で数歩後退り、魔法の杖を顔の前に掲げて息を整え始めた。これまでのどの呪文より低く長い呪文詠唱を始めると、杖先の宝玉が光の飛沫を吹き出した。金属を激しく燃やすような強い光を見ると、三人は誰も口出しできずにその場から下がり、彼に対処を任せた。

 セルツァは呪文詠唱を続けながら宙に魔方陣を描き始めた。杖でなぞった所にはくっきりと光の軌跡が残り、二つの大きな円と、その内に接する大五芒星、そしてさらにその中に接する六芒星を描き、隙間や要所要所にはビッシリと古代神聖文字が書き込まれた。

 魔方陣が完成すると、それは新たに命を吹き込まれたのかの如く光を強め輝きを放ち、宙に浮かぶ光の円盤となった。

「――――刻みて印せ‼」

セルツァの命と杖の振りにより、光る円盤は大扉に向かって飛び、その中央に当たると、そのまま貼りついて魔方陣の紋様をそこに留めた。焼き印を押され、それが今尚燃焼しているかのような状態だ。

 呪文の詠唱が一区切りついたところで、セルツァは言った。

「これは、魔法の力を増幅させる魔方陣だ。これで普通に施術をした時の十倍の効果が得られる」

そしてスウッと息を吸うと、彼は杖を突き出した。

「――――デアメル・カーリ!」

セルツァの杖から一筋の閃光が放たれ白い流星となり、魔方陣中央の六芒星目掛けて飛び、見事命中した。

 ディスカスはそれが何の呪文か解り、使えないまでも知識として持っているルークスも、それが封印された扉や箱を開く開封呪文であることが解った。

 魔法の力が六芒星から外側の五芒星に伝わり、さらにそこから外側の円に向かってビキビキという音を立てながら伝播し、光の飛沫を散らしたかと思うと、魔方陣は扉の向こうに浸透していった。

 ――――が、それは一瞬の後に粉砕されてしまい、魔方陣の破片が彼等に向かって跳ね返り、力の波が体を突き抜けていった。それはまるで意識を吹き飛ばしてしまいそうなエネルギー波であった。

 セルツァは肩を落とした。

「ダメだったのか?」

「クソ……! これだけ増幅させても効かんとは……!」

開封呪文が効かないと見るや、ルークスは槍を豪速で回転させ烈風を巻き起こした。

「――――破壊する! 伏せてろ!」

そう言うと、ルークスは槍の力が極まったところで一気に天から地へと振り下ろした。最高レベルの真空刃が弓状に光り、星の速さで大扉に突き刺さった。

 扉の前面に施された彫刻が削り飛ばされ、破片が凶器のように吹き飛び拡散した。警告を受けていた皆はヒットの前に顔を伏せるなどしたが、この距離でこの技を体感するのはかなりスリルがあった。

 特にアーサーは先程もルークスの有能ぶりを目撃していたが、ソニアに勝るとも劣らぬ破壊攻撃を行える彼の技を見せつけられて、改めてショックを受けていた。今の自分では到底こんなマネはできない。扉を力で押すのが精一杯だ。

 その扉は、今の攻撃でやや斜めの縦一文字の爪痕をそこに残したが、破壊するには至っていなかった。

 彼は諦めずに再び槍を振り回す。皆はもう少し離れて身を伏せた。ルークスは立て続けに技を繰り出し、爪痕が扉の向こうに達していないうちは手を休めなかった。傍目にも、普通の石材ならとうに粉々となっていそうな猛攻撃を受けているというのに、この扉はえらく頑丈な材質でできているようである。

 そして五度目の攻撃で、どうしても破れない扉の正体が明らかになった。爪痕が幾重にも重なって一番深く掘り下げられた部分から、暗色で光沢のある火成岩が覗いたのである。よく磨かれて平らな壁になっており、そこだけは他の石と比べて一つの傷もついておらず、真空刃によって削り落とせていたのは、この前面にあたる岩だけだったのだ。他と色が違うから、その存在はとても目立った。

 ルークスは手を止め、セルツァと共に扉に近づき、その火成岩に手で触れてみた。アーサーとディスカスも集まってくる。

「これが厄介なんだ……! この岩石には魔鉄鋼(サタナイト)が含まれている」

「魔鉄鋼?」

セルツァはチラリとルークスの纏う鎧に目をやった。

「……オレの目利きに間違いがなければ、お前さんのその鎧に使われている成分と同じものだ。ルークス。お前さんのそれは、精鍛された魔鉄鋼からできている。その鎧、魔法攻撃に強いだろう? 魔鉄鋼は魔法を退ける性質が何よりも強いんだ。ただの魔鉄鋼ならお前さんの力で打ち砕くことができるかもしれない。だが……精鍛され魔法で強化されているものはそうはいかない! この壁は……いわば魔法無効のダイアモンドになっている!」

こうしている隙に持参した薬液を口に流し込んで火傷のダメージを多少は回復させたアーサーが扉を睨んだ。

「――――じゃあ、どうすりゃいいんだ⁈ 誰も中に入れないんじゃ、ソニアは……」

その時、フレアクラウン全体がグラリと一揺れし、彼らをよろめかせた。足元の深い所から響いてくる地鳴りの音が大きくなってくる。

「通り抜け術も、開封呪文も遮断する壁だ……! 内部からも魔法は漏れない! この中は……思う存分あらゆる技が行える空間になっている……!」


 大神殿内部は炎の海と化していた。

 風の防壁で身を守るソニアを囲むようにして三体の炎でできた魔獣が彼女に火を噴いていた。炎の大翼竜と、火の鳥、そして炎の一角獣だ。

 ソニアは何度かアイアスの刃を叩きつけて魔獣たちを砕いていたが、純粋な炎でできているそれらは一時的に四散しても、すぐに再形成されてしまうので、剣による攻撃は無意味だった。ヴァリーの方に向けても、彼女自身が護身用に魔法の盾を生じさせているので、有効打を与えられない。彼女と戦うことは、複数の敵と同時に戦うようなもので非常に困難だった。

 密閉空間なのに未だ炎が燃え続けていることを不思議に思うのだが、それを深く考える余裕はなく、三体の魔獣はソニアの隙を狙って目を光らせていた。無生物に魂や意志を与えることが可能ならば、魔法でそれを行ったかのように三体の魔獣は個々に独立した動きをしているので手強い。

 こんな危機的状況でなければ、じっくりと眺めて感嘆したいような妙技だ。一体、他種族は後どれだけ人間の知らない神秘の力を持っているのだろう。

「お前の一族は代々水の精霊を司っている。だから私は敢えて水でお前と対決しようと思っていた。だが……お前は水が操れぬようであったからな。水のないここで戦うことを悪く思うなよ」

そう言うと、ヴァリーは三体の魔獣を一斉にけしかけてソニアを炎で丸呑みにした。風の壁によって直撃から守られてはいても、全面を炎で包まれては、その灼熱たるや身を焦がす程である。ソニアはひたすらその熱に耐えながら、唯一この場で頼みとでき自在に操ることのできる風を起こし続け、炎に立ち向かった。氷炎魔法ザナを自分にかけたいくらいだ。

 熱い……。熱い……。

 吹き出す汗が頬から首筋へと流れ、滴り落ちていく。全装甲のこの鎧は炎の熱から影響を受け難いらしく防護の役割を果たしてくれていたが、それでも気温が上がれば体温も共にグングンと上昇し、中はサウナのようになっていた。見切りをつけてどこかの時点で鎧を脱いでしまうのと、このまま装着するのと、どちらが安全なのか判らない。

 ヴァリーは彼女が焼け死ぬまで炎で攻め続けるつもりなのか、一向に魔獣を彼女から離れさせようとはしなかった。熱さに悶え苦しむソニアを、実に愉快そうに眺めて笑ってばかりいる。

「――――どうした! 他には何も成す術なしか⁈」

炎の中にありながら、ヴァリーの黄金色の瞳は何より強く光り輝いていた。

 神殿内の床も壁も天井も全てに火が這い回り、炎の波が寄せては引いて踊っている。

 熱い……。

 炎よどけ……! どけ……! どけ……!

 ソニアの中で自然に生まれたイメージが膨らみ、炎が意志に応じて動きを変える様をそこに思い描いた。

 その時、彼女を取り巻いていた炎の波が僅かに流れを乱した。

 ヴァリーは炎を操作する側として、その一部に乱れが生じたのを肌で感じることができるのだが、初めはその原因が解らなかった。しかし、それが継続的で、しかもソニアから遠ざかる方向に逆流を始めていることを知ると、全身の血がざわめき立った。

「――――お前……まさか……⁈」

ソニアを覆っていた炎群は次第に一定方向に流れ始め、みるみるうちに形を成して炎の渦を巻いた。このまま放っておけば竜巻になるだろう。

「――――ふざけるな‼」

ヴァリーは逆上し、その渦を凌ぎ圧倒する大旋風を巻き起こしてソニアに叩きつけた。ソニアは風を盾にしながらも、後方にズルズルと押しやられ、やがて壁に行き当たってしまった。

「水も満足に扱えぬお前ごときが、炎で私に勝とうとでも思ったのか⁈ 炎は我らダーク・エルフ族が最も得意とするところだ! 炎精を司るのが我々なのだから! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

ソニアの実力を量るための真剣勝負どころではなくなり、激しい憎悪で怒り狂ったヴァリーは完全にソニアを殺すつもりの勢いで大炎獄を作り出し、ありったけの焔を叩きつけた。

「――――ああっ!」

ソニアはもう風だけでは堪え切れず猛烈な炎風に吹き上げられ、壁に擦りつけられるようにして滑り、反対側の壁まで吹き飛ばされると、そこで墜落した。手酷い炎熱のダメージを受けたソニアは立ち上がれず、そのままぐったりと床に伏した。

 大神殿内部は至る所が炎に包まれ、まるで竈の中のようにである。

「――――まだ倒れるのは早いぞ! これからが本番なんだ!」

炎の蛇を体に這わせ従えながら、ヴァリーは蔑みの笑みを浮かべてソニアの所へと歩み寄っていった。

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