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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第28章
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第4部28章『炎の戦姫』7

 しかし、彼女が抱く望みそのものは、彼女らしく光があって愛しいものだと思った。こんなに心優しい彼女と暮らすことができたら、どんなに素晴らしいだろう。

 だが、彼女は決して人間を見捨てたりしないし、この国を離れない。放っておけば皇帝軍の誰かに殺されることは解っているのだが、連れ出すことはもはやできない。無理矢理にそうしようとしたら、彼女を傷つけることになると思い知ったからだ。彼にはどうすることもできなかった。

 他の誰かに殺される前に、自分が楽に死なせてやるという道もあるのかもしれない。だが、そんな選択は絶対にできなかった。一度彼女を失いかけた今は、それを痛感している。あれは、そのつもりもなく事故的に起きてしまったことだったが、同じことを、そうするつもりで行うなんてことは、とてもではないが悍ましくてできない。

 本当に、あの時自分は身も心も死んだように思った。今、よくこうして生きていられたものだと思う。あの時死から甦ったのは、彼女だけではないのだ。

 もしあんな事が起きなければ、自分はどうしていたのだろう。彼女を手にかけようとしただろうか。彼はそう考えてみたのだが、やはり結果は同じだった。きっと、こうなるしかなかったのだ。

 自分は彼女によってその力を封じられ、成す術もなく、また守ることもできず、それでありながら、彼女から離れられない。ただ、不安と葛藤が日々己を苛むばかり。この苦しみから逃れることはできない。

「……君が……オレと一緒に来てくれることは……決してないんだろうか」

それは期待を込めた問いかけではなく、彼の眼差しは、絶望を確認する為の闇の中にいた。

「……ええ、決して。絶対に。だって……私とあなたは、互いに持つ信念が違うんですもの」

2人は視線を落とし、湖面に映る月影の揺らぎを見た。美しい望みだが、それは幻であるという象徴のようで、虚しさを感じる。

 今晩の2人の空気が張り詰めておらず、穏やかであるせいか、今まではあまり近づいてくることのなかった夜の水鳥が水面を滑っていき、月影を踊らせていった。

「私は決して……私の道を変えないわ。あなたもそうなら……あなたと私の道が交わることはない」

水鳥の作っていった波が大きく2つに分かれ、それはますます広がっていった。これから道を分かつ2人のように、どんどん正反対へと遠ざかっていく。その波が2人の足元近くまで寄せて来て、静かな波音を立てた。

「……こんなに考えが違うのに……それでもオレは……やっぱり君が好きだ。どうしてなんだろう」

彼の切なくも熱い視線を受け、ソニアも彼を見つめ返した。

「私もよ。……あなたはとても大切な人だわ」

その言葉に、彼はフッと笑みを漏らし、目を伏せた。

「友人として……だろう? まぁ……それでもいいさ。オレはこうして……君の側にいられるだけで……今は幸せだ」

言葉とは裏腹に、彼の溜め息は灰色にくすんでいた。熱の燻った、赤い灰の色。

 彼女は自分を大切に思ってくれ、命まで懸けてくれた。それだけでも、これまでにないくらい十分に幸福なことではないか。これ以上を望んではならない。彼女とは、往く道が違うのだから。

 ルークスは彼女をもっと引き寄せて、頭を凭せ掛けた。ソニアも彼の肩に頭を乗せる。そうして2人は、頬に互いの温もりを感じながら目を閉じ、夜の風を味わった。

 返事をしなかったものの、ソニアは心の内で実は悩んでいた。

 彼の炎の色。あの涙。血の味。熱い眼差し。それらを思い返す度、胸の鼓動が大きくなるのを彼女は知っている。

 だが、それはただの感動かもしれず、同情なのかもしれない。アーサーの炎も自分をときめかせたのは確かだ。

 2つの炎は、それぞれに色を変えながら、それでも彼女の心を熱で優しく焦がしていた。

「……ねぇ、ルークス。以前に話した祭のことだけれど……暫くいてくれることになった訳だし、もし良かったら……できれば……私と一緒に一日過ごしてくれないかしら?」

「えっ?」

彼は驚いて、折角凭せ掛けていた頭を起こし、目を見開いて彼女を見た。

「3日間あるんだけれど、そのうちの1日、私も市民に混じって楽しめることになったの」

「人混みの中で……一緒に遊べというのか?」

ソニアは彼の肩に頭を預けたままで頷いた。

「私が休みになったその日は、丸一日誰もが仮装する日なのよ。だから私も自分だってバレないように仮装するの。あなたの分も用意するから、一緒に来てくれないかしら?」

「仮装……して?」

「ええ。どうせ行くなら、誰かと一緒がいいもの。私……自分だって知られないで楽しみたいから、城や街の知り合いとでは嫌なのよ」

「城の……あの男じゃダメなのか?」

「アーサー?」

彼女がその名を口にした時、ルークスの胸に軽い電流が走った。あの男は彼女を大切にし、明らかに心寄せている。しかも……人間の男だ。

「彼はダメなの。私と交代で城を守るから、一緒に出ることはできないのよ。それであなたにお願いしたいの」

尤もらしいことを言ってはいるのだが、何だかわざと自分を人間社会に引きずり込もうとしているように思えて、彼は警戒した。調査名目で人の中に入ることはあっても、遊ぶなんてことはできるはずがない。彼女はそうできたとしても、自分は緊張から抜け出せず、まるで護衛官のようにただ隣を歩くことになるだけだ。彼女と過ごす時間は貴重だが、これは全く別物である。

 すると、彼の心の動きを知ってか知らでか、ソニアが付け加えて言った。

「これもまた伝統なんだけれど……男女2人組には誰も手を出さないの。その代わり、1人で歩いていたらすぐに誰かに声をかけられちゃうから、面倒なのよ。私……自分のこと知られなくないし」

変装しているとは言え、彼女が他の男に(しかも人間の男に)図々しく声をかけられ誘われている姿を想像すると、彼の心は素直に苛立った。片っ端から吊るし上げて放り投げてやりたくなる。それだけも十分に彼を迷わせたのだが、

「私……できたら、あなたと一緒にいたいの」

彼女がこんなことを言い、手まで握るものだから、彼の心はグラリと揺れた。

 だが、難しい。別に怖い訳ではないが、大勢の人間に長時間囲まれて心穏やかにしていられるだろうか不安だ。しかも祭ということならば、これまでに人間社会のそれに直接関わったことはないが、端から見ていて、物凄く混み合い、ごった返すということだけは解っている。普通の状態じゃない。

 人間への嫌悪感を抑えるのと、彼女が、得体の知れない軟派な人間の男に言い寄られるのに耐えるのと、どちらが自分にとって困難だろうか。

 そんなことを考えつつ、結局ルークスが今の段階で出せた答えは「考えておく」の一言だけだった。ソニアも即答は無理だろうと思っていたので、急かしはしなかった。

「まだ時間はあるから、ゆっくり考えて。でも……できるなら、あなたと一緒に行けたら嬉しいわ」

確かに、彼女としても彼に人間社会が歓喜に溢れている時の様子を見せてやりたいという計画的な部分はあった。だが、純粋に彼と行きたいとも思っている。

 彼は悩みつつも、もう一度彼女に頭を凭せ掛け、こうして身を寄せてくれることに安らぎを感じた。どんなに不安でも、誘ってくれたこと、頼ってくれたことはとても嬉しい。

 月は毎晩のように膨らんでいき、3日間ある祭の中日に満月を迎える。その日が、彼女の自由日だ。

 夜毎大きくなり光量を増していくそんな月を見上げながら、2人は儚くも和やかな時をそうして過ごした。

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