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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第28章
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第4部28章『炎の戦姫』3

 それから昨日の被害報告について詳細な情報が届き、やはり1名の死亡者もなく、怪我人も治療団による早期治療によって回復し、事無きを得ていたことが判った。結局被害は家屋の損壊だけに留まり、対策部の早急な対応によって修理技師が派遣された。建築資材も同様に送られる。

 家が直るまで寝泊まりができなくなった所については、隣近所や国教会の世話になることになった。いずれにしても、これで一件落着とあいなりそうだ。

 この事故によって国の至る所で警備は厳重になっていたので、良い刺激になったようである。彼女に対する疑惑やおそれは其処彼処で育ち始めてはいたものの、まだ圧倒的に崇拝する者の数とエネルギーの方が強い。それに祭が間近であるから、人々の心はそちらの方へとすぐに向けられていった。準備はもう大詰めだ。

 そうして昼が過ぎ、夜が来ると、彼女は予定通り水辺に向かうことになる。彼女を1人で行かせ、自分はついて行かないことにしたアーサーは、気を紛らわす為に城下街に出た。

 ディスカスは自分がどのような警備をしているのか誰にも話していないが、相変わらずこっそりと部下を送り込み、ソニアとルークスの様子を見守ることにしている。幾ら暴力性が鎮まったとは言え、あの暗黒騎士がまた何か問題を起こさないとも限らないので、常に監視は緩められないのだ。

 セルツァの方は、もはやルークスは大丈夫であると見ており、2人の話を盗み聞きするような無粋なことはしなかった。危険ならば警告鈴(アラベル)が事前に知らせてくれる安心感もあって、彼は夜の一時を遠い地や思い出に心馳せ、楽しんでいた。

 そして、ディスカスとセルツァには各々の事情もあり、それらに若干の変化が見られた。

 まずディスカスであるが、魔導大隊の管轄地域について皇帝軍内部で談議が持ち上がっているという情報が入っていた。これは誰にも言えないので黙っているのだが、これでどこか他の大隊がナマクア大陸を担当するようになると、大変なことになる。主がその大隊と衝突する可能性も否めないのだ。

 何故そのような話が持ち上がっているのか、ということについて知らされてはいないが、ゲオムンド直属の部下からの情報なので間違いない。自分の任務は極秘であるから現在の居場所などは知らせていないが、状況が変わり次第また連絡が入ることになっている。2人の監視をしつつも、こちらにも注意を払わなければならない。ディスカスは瞑想に集中した。

 セルツァは、無事到着を知らせてからは一度も村と連絡が取れていない。やがて通信役がこちらに来ることになっているので、それを待っている状態だ。

 今、エリア・ベルでは族長会議の真っ最中のはずであり、ますます連絡が取り難い状況になっている。下手にこの場所が知れると危険だからだ。そうでなくても、この場所を察知される可能性は十分にある。だからこそ、今はソニアの側についている必要があった。

 彼女の部屋に近い木の上部に、彼は魔法によって安全で快適な寝床をこしらえており、そこで寝そべりながら月を見上げ、彼は、ソニアにまだ話しておらぬ、彼女が遭遇するかもしれない危険について考えていた。彼女に教えるのはまだ時期尚早だ。

 今回のような間違いの起きないように、今度は全力で彼女を守らなければならない。

 セルツァは首に下げている太いリングを擦り、険しい表情で目を細めた。


 私服と頭巾で軽く変装したアーサーは、お忍びで城下街を視察した。視察だけなら何も兵服を脱ぐことはなかったのだが、一通り見回った後で立ち寄りたい場所があったので、身分を悟られぬようにしたのである。

 一巡した後、彼は同郷の幼馴染みであるアイリスのいる酒場へとやって来た。

 この時分、広過ぎも狭過ぎもしない店の中には、祭の準備が大方済んで今から前祝をやっている陽気な酒好き連中がわんさといた。

 テーブルを囲んで仲間達と自慢話に花を咲かせ、すっかり酔っ払っている男達の脇を擦り抜けて、アーサーは奥のカウンター席の端に行き、先日と同じ所に座った。

 この店で、カウンターを好む客はあまりいないので寛げる。だから、そこに誰かが来れば、決まった者である可能性が高いものだから、目敏くアイリスがすぐ彼に気づいた。

「おや」

半月程前に訪れた彼がまたここにやって来たので、どういう風の吹き回しだろうかとアイリスは目を丸くした。そしてカウンターにやって来ると、手をついて顔を覗き込んだ。

「どうしたのさ?」

「……やぁ、アイリス」

 漆塗りの艶のいいカウンター越しに2人は向かい合った。挨拶の時には目を合わせたが、後は視線を逸らし、これが飲まずにいられるかといったふてくされ顔になって、彼は頬杖をつく。ここに来る時は素直に地を出す約束だ。

 この前来たのは、ソニアが刺客に飛ばされて間もない時のことで、随分と久しぶりだったのだが、すぐにまた来はしないかと期待していた彼女は、ずっとめかし込んで待っていたので、今晩の形にも満足していた。

 胸元の大きく開いた、フィット感の強いシンプルなブルーのトップスに、濃墨色のロングスカート。そして首には黒いリボンを結び、ブルネットの髪は柔らかく上に結い上げて、赤バラのかんざしを差している。

 見込みがないとわかっていて彼を忘れられぬ自分の純情さを可愛いものだと思えば、気持ちは割り切れるようになったので、彼女はこの際、とことん想い尽くしてやろうと決心していたのである。

 ソニアが帰ってこない可能性もあったし、戦士職であるから、何かの事故で死ぬことも有り得るが、それを望むような真似だけはしないうように今でも気をつけていた。自分の心がそこまで堕ちるようになったらお終いだ。

 そのアーサー本人であるが、今日は何だか心穏やかではないようだ。

「……何か、強いのくれ」

「あら、何でもいいの?」

「ああ。お前に任せる」

フフン、と楽しげに笑ってアイリスは棚に行き、中段から度の強い酒のボトルを選んだ。ナマクア大陸北部の熱帯域に自生する植物の、厚みのある葉からできているものだ。

 琥珀色の液体を小さなグラスに注いで、アイリスはそっと彼の前に差し出した。すると彼はグラスを取り、一息に飲んでしまい、打ち付けるようにグラスを置いた。そして無言でグラスを彼女に突き出し、代わりを求めるので、アイリスは彼の顔とグラスとを見比べて、少々心配に思いながらも2杯目を注いだ。彼はそれもまたあっという間に飲み干した。しかも、更にグラスを突き出す。

「……ねぇ、本当にどうしたのさ?」

「いいから注いでくれ」

「……これでストップだよ」

アイリスは呆れながらそう言い、3杯目を注いだ。それをまた、彼は飲み干してしまう。

 そろそろ目が酔いに潤み、ボンヤリとしているのに、彼は空になったグラスをまた出した。さすがにアイリスはそのグラスに手を被せた。

「ダメ、ダメ。ストップ。いきなり続けて飲むなんて良くないよ」

「いいから」

「良くありません」

見ているだけで労しくなってきたアイリスは、彼の手からグラスを取り上げ、代わりに自分の手を握らせた。

「本当にどうしたのさ? そんなおバカさんみたいになっちゃって。あんたはこれから忙しい人なんだから、こんな時に体壊しちゃダメだろう? ……何を、そんなに忘れたいのさ?」

彼が酒で乱れた例はないのだが、こんな風に荒れているのは初めてなので、アイリスは本当に戸惑った。

 そうして暫く彼女の手を見つめていたアーサーは、突然カウンター台に頭を落とすと、拳で2、3度軽く台を叩いた。他の客は騒ぎの最中で、幸い誰の気にも留まらなかった。驚いたのは彼女1人である。

「あんた……」

この状態では訊くに訊けず、アイリスは仕方なく彼のほとぼりが冷めるまで、彼の頭を撫でてやった。何が理由でこうなったのか解らないながら、彼を憐れに思いそうしていると、まるで我が子を慰める親の醍醐味のような悦びがひしひしと感じられて、胸が温かくなった。母や姉としてでもいいから、こうして時々彼の頭を撫でていたいと彼女は思う。

 長いことそうしていても彼が動かないから、まさか眠ってしまったのかと思い始めたが、やがて彼はうつ伏せのままでくぐもった声を出した。

「……なぁ、アイリス」

「……なんだい?」

「……この前も訊いたけど……お前……誰かいい奴、いるんだっけ?」

アイリスはドキリとし、また先日のように顔が赤くなってないか気にして周りを窺いながら、顔をうつ伏せにしている彼の耳元でそっと囁いた。

「……いないよ。好きな人は……いるけどね」

するとアーサーが急に顔を上げたものだから、またアイリスは驚いた。

「――――おい、何でダメなんだよ。そいつに言ってないのか?」

彼の顔を間近に見て眩暈を感じ、アイリスはそっと身を起こした。こうして見ると、彼の額にカウンターに押しつけて出来た痕が丸くできており、そこだけ他よりも赤くなっている。アイリスはその額にキスをしてやりたい愛おしさを感じながら苦笑し、自らの道化ぶりにも呆れながら溜め息混じりに言った。

「フフ。その人……私のことなんか眼中にないのよ。他の人に夢中だから。それも……とても敵いそうにない相手なのよね」

「おい……嘘だろ? お前みたいないい女を放っとくバカがいるのか?」

アイリスはますます笑い、頭の中でバカと言ってやった。平気そうにしている彼女のことを、アーサーは興味深げに見ている。

「お前は……そいつが他の女に夢中でも、何ともないのか?」

「……何ともないわけはないさ。でも……その人が本当に好きなら、その人が選んだ人のことも認めちまうってこと……ないかい?」

「…………」

「さすがに、その人が選んだだけあってね、あたしじゃ……到底敵いそうにないんだよ。あたしみたいな……夜の女じゃね」

自分の職を蔑むな、誇りに思え、と彼はアイリスを叱った。その口振りからすると、どうやら彼女がどこぞの名士にでも惚れて、その婚約者などである家柄のいい娘と自分とを比較してしまっていると想像したようである。まぁ、それでもいいとアイリスは思った。

 アーサーは彼女の言ったことに納得しつつ、だからこそやり切れない気持ちをますます強めた。

「本当に好きなら……か。……確かにそうだな。オレは……あいつが選んだ奴なら……」

そう言って、また俯いてしまった彼の項を見ながら、アイリスは彼をこんなに荒れさせている原因に気づき、軽く頬を打たれたような気になった。

 そうか! そういうことなのか!

「あの人に……まさか……誰かできちまったのかい? あんた」

彼は何とも答えなかった。

 アイリスは信じ難かった。こんないい男を差し置いて、あの純粋そうな軍隊長が他の男に浮気心を起こすなんて、考えられない。そんなバカなことがあるものかと思う。第一、あの城にこの人以上の男などいるものだろうか?

 噂の2人の間に起こる日々の微笑ましい出来事は、いつでもこの城下街に新情報が入ってきて、耳を楽しませているというのに。

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