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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第28章
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第4部28章『炎の戦姫』2

 東側の城下街を見渡せる城の見張り台に立ち、遠くの稜線を眺めながら、アーサーとソニアは正午を知らせる国教会の鐘の音を聞いていた。兵士達の昼休憩の交代時でもある。

 明け方近くまで起きてソニアにつきっきりであったアーサーは、他に誰も見る者がいないこの時だけ疲労感を露にし、1つ大きな欠伸をした。申し訳なく思うソニアはそれを見て苦笑する。

 彼にとっては、こうして彼女が側に立っている時が一番安心でき、何よりの休息となった。

 これまではそうして彼女の無事と国の平穏さを喜んでいれば良かったのだが、今の彼の顔には、これまでとは違った暗い影が下りていた。不安、という灰色の影である。

 あの朝、飛び出して行った彼女が城に戻ってから、今回の事件の発端や流れなどを一通り教えてもらい、どうして今回のような事態を招くに至ったのかを知ることができた。仕事があるからジックリと聞くことはできていないのだが、状況を把握するには十分な情報をひとまず得ることができ、同じく詳細を知らなかったセルツァもようやく納得したのだった。

 あのヌスフェラートはルークスと言い、見た目はあの通りでも半分は人間の血を引いており、今は時間がないので説明できないが、幼少期に本当に散々な目に遭ってきているのだとソニアは説明した。2人が再び出会ったのは本当に偶然で、彼はソニアのことをただのハーフの娘だと思い、ソニアの方も身分を隠して、とても似た境遇の者同士、親交を深めた。

 本当のところはとても心優しいルークスは、人間と間違えられて彼女が殺されることを哀れに思い、必死で説得を続けていたのである。それが拗れに拗れ……あのようなことになったのだ。

 ソニアは恥らって言いたがらなかったが、セルツァの証言で、ルークスがいかにソニアに熱を上げていたかということを聞かされているから、それが何よりアーサーは気が気でない。

 仕事の時間が迫り職務に就いてしまったので、今こうして2人きりで話せる時間ができたこともあって、ソニアは改めてルークスから聞いた過去を彼に教えた。ルークスのことを憎んだり、嫌ったりしないで欲しいからである。

 実にいろんな事情が絡んでいるし、嫉妬と不安はどうしてもあるものの、アーサーは彼女から聞いた話に素直に感じ入ってしまった。正直、同情したのである。それも深く。だが、だからと言ってそれで心晴れるはずがなかった。

 今までこの国では、彼を不安にさせるようなライバルは誰も現れなかったのだが、それなのに遂に登場してしまったのである。男として彼女に言い寄り迫る若者が。それも、思わぬ所から。

 皇帝軍に属し、しかも彼女を傷つけた異種族とのハーフ。そしてとても強い。あの時は本人を平気で殴りつけたものの、直感的に感じられる戦士としての強靭さはかなりのものであった。

 ソニアを賭けて決闘でもしようものなら(彼女が絶対に嫌がるから、そんなことは有り得ないが)、悔しいが勝てる自信というものが湧いてこなかった。あの男が大いに傷つき意気消沈して、他人に殴られるのを許すような状態で感じたことだから、平時のコンディションになった時の強さについては全くの未知数である。

 相手が戦士として自分に劣れば、《お前ではソニアを守るのに力不足だ》と堂々と胸を張っていられるが、逆の立場であるかもしれないのだ。これは、決して心穏やかにしていられぬ非常事態である。

 彼女の必死の弁護とセルツァからの話で、この男がもはやこの国で問題を起こすことはないこと、そしてソニアを救う為に自分の命を擲とうとした程の一途さを持つ者であることは解った。自分の犯した罪を素直に受けとめ、その罪悪感に苦しむ誠実さも兼ね備えている。

 憎めればいいのに、男として彼を心から嫌悪することはできなかった。だからこそ、彼の不安はより一層大きいのだ。

 今後のことについては、ソニアたっての願いでルークスに残ってもらうことになったようだから、夜が来るのが怖くてしょうがなかった。友人の彼を深く傷つけてしまった償いとして、もっと語り合い、互いを慰め励まし合いたいと言うのだ。最近内緒で行ってきた、言わば密会を今後も続けると言うのである。今度は勿論、皆の了解を得てとなるのだが。

 これについて、やはりアーサーは「いいぞ」とは簡単に言えなかった。同じ境遇の孤独な友人を放っておけないし、あれは事故であったから、彼のせいではない。もはや安全だと言う彼女の説述はとても熱心で、セルツァは2人の言い合いを呆れて笑いながら眺めるばかりで、随分と衝突が続いたものである。

 詰まるところ、反対する理由は単に彼女を恋敵(ライバル)に近づけたくないという私的な感情だけなので、そうなるとアーサーのことを第一に気遣う娘相手でない限りは引き留める術がないのである。

 結局この件については、ルークスとの話し合いの邪魔をしなければ、彼も一緒に来て側にいていい、というソニアの提案で、ようやくアーサーは説き伏せられた。ここまで言われて反対するのは、あまりに不恰好である。来ていいと言われても実際行けるはずはないのだが、仕方なくアーサーはそれに承諾した。

 ソニアとしては、人間の彼とも親しくなることがルークスの為になるのではないかとも思ったので、それが簡単には叶わないようであることが残念であった。ルークスは人間嫌いであるし、アーサーの方は2人の間に割って入ることに妙な抵抗を示している。

 とにかく、このようにしてルークスとの対面は皆に承諾され、セルツァとディスカスは今後の彼女の行動についても、心の赴くままに自由にさせようという点で意見を一致させており、彼女の護衛としてのポジションに元通り戻っている。

 変わってしまったと言うか、心乱されたままで落ち着かないのはアーサー1人だけなのだ。

 ソニアは、アーサーにいろいろ内緒にしていた上、とても心配させた負い目があり、しかも今尚、彼の顔を陰らせてしまっているから心苦しくて、必要なことを伝えた後の会話では口数が少なかった。

「……ソニア」

「……ん?」

「……オレ達は一緒に戦うよな」

「勿論よ」

「何があっても……ここで戦うよな」

「……ええ」

いずれ来る魔導大隊の襲撃の方が、恋敵出現より彼にはマシだった。それを改めて思い知る。死はおそろしくない。怖いのは、彼女や家族を失うことの方だ。

「お前の故郷の者まで護衛に来てるし、ディスカスもいる。まぁ……肝心な時にまだ役に立ってないが、それは仕方ないんだろうな。お前の方から飛び込んだんだから。それ以外なら……お前はきっと大丈夫だろうと思えるから、助かるよ。あの男が……相変わらず敵方だというのは厄介なことだが」

「……あの人は、ご主人にとても忠実なのよ。私にとってのお兄様と同じで、命の恩人みたいなものらしいから。決して裏切れないのよ」

よくこんな話を落ちついてしていられるものだと、2人ともおかしな気分だった。

「オレは混乱しちまうよ。……敵方だと判っていて、それを庇うなんてな。しかも、一度町を破壊されているのに」

「…………」

「……ま、お前の言いたいことは解ってるよ。お前のお陰でいろんな変な奴等に出会って、種で簡単に敵味方と区別できないことは理解出来るようになったつもりだ。それに……敵にもいろんな事情があるってこともな。だから、お前の考えについていくよ」

「……ありがとう、アーサー」

 見張り台から眺めると、人々が豆粒のように小さく蠢いて見える。沢山の人。沢山の心。

 一度は杖状になっていた奇跡の護りは、その後いろいろあって元に戻り、彼女はこれまで通り身に着けている。その青銀色の鎧を陽光に煌かせて、ソニアはそれぞれの心を思った。

「皆が……あなたのような人だったら、きっと世界は違っていたのでしょうね」

人1人の心を動かすのにも、どれだけの苦労が要るのか身を持って知らされている彼女の目は、遠く数千里先の幻を見るかのようであった。

 アーサーは彼女の肩を取り、自分の恋愛感情や嫉妬は抜きにした、友としての誠実な姿で彼女の目を見た。

「そんな国を……作ろうな! 2人で」

「アーサー……」

力強い彼の声は、いつもながらソニアを元気付けた。

「いつか、作ろう! きっと!」

「うん!」

ソニアも彼の肩に手を回した。

「約束だ……!」

2人は微笑み合った。肩を抱き合うだけの、でも確かな、この世界で最後に残る友情。最後の約束。

「きっと……生き残りましょう!」

今ここにある輝きは、頭上の太陽にも負けず劣らず、温かで眩しかった。

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